あなたが一途だなんて絶対に認めない






「名無しちゃん、まーたフラれたんだって?」


寝ているとばかり思っていたクザンの声がいきなり聞こえて、名無しは抱えていた書類をばらばらと大袈裟に散らした。
いつもはこの時間に起きていることはないクセに、フラれた時ばっかり起きているからタチが悪い。


「今年だけで何人目だっけ?20人目?」

「…12人目です」


とぼけたような口調で聞いてくるクザンにムッとしたように口を尖らせる。
そもそもどこからフラれたという情報が伝わるのか不思議でならない。

恋愛体質だったこともあり、少し優しくされれば恋をし、目が合っただけでもときめいてしまう。下手すれば肩がぶつかったとかたまたますれ違ったなんてどうでもいい理由でも恋に落ちてしまうことすらある。


直したい直したいと思ってはいるが恋はハリケーン。留まることなんてしてくれなくて結局告白まで一直線。即玉砕。

そしてまた次の恋に走る。


「自分でもわかってるんです…この馬鹿みたいな恋愛体質!!」


もう最近じゃフラれる理由なんて決まっている。

『浮気性っぽいから無理』

色々な人に恋をして色々な人に告白した結果、手当たり次第に告白している婚期を逃した必死なハズレ女のイメージが定着してしまっているらしい。
これはもう海軍にいる限り払拭しきれないだろう。

あまりの恋愛体質に元帥から自粛するように厳重注意をされたのだが、注意していた元帥があまりにも格好よく見えて恋に落ちたことすらあった。
それからだ。誰でもいいから手当たり次第に告白していると言われ出したのは。


「もう私は海軍にいる間はまともに恋人は出来ない気がします…」


落としてしまった書類を拾うために床に膝をついていた名無しは、そのまま四つん這いになり項垂れた。


別に誰でもいいわけじゃない。
その時はその人が一番恰好良く見えるし、毎回言っているので全く信用してもらえないが毎回運命すら感じているくらいだ。


「名無しちゃん色々手を出しすぎなんじゃねェの?告白されてないヤツの方が珍しいって言われてんのに」

「そんなオーバーな…それじゃあただの尻軽じゃないですか」

「あーそうだね。まだ告白されてないやつがいた」


仕事もまともにせずに本を読み耽っていたクザンが、本から顔を上げてぽつりと呟いた。
昼寝をせずに本を読んでるということは、どうせラブロマンスの小説なんだろう。


「センゴクさんも赤犬も黄猿もみんな一通り告白されてるのに、俺だけまだだよね」

「一応私にも好みがありますからね」

「あららら」


既婚者以外なら上層部には声をかけたような気がするが、どうもクザンだけは格好良いとは思えない。
顔とか性格が人より劣っているとは思えないのだが、何故か尊敬から好意にはならない。

近くに居すぎて趣味がわかりきっているというのもある。
クザンの愛読するラブロマンス系の小説を読んだことがあればなかなか好意を持つのは難しいだろう。

「まぁ大将に告白しても無駄だからってのもありますけど」

「あらら、」

「一番は尊敬してるからですかね」


クザンがラブロマンス小説の中に出てくるか弱くて可愛らしいお姫様が好きでも、書類仕事を真面目にせずに全て押し付けてきても、きっと尊敬してるから見てみぬふりが出来る。


「尊敬、ね。一番ラブ度低いんじゃあねぇの?その言葉って」


不満そうに眉を顰めるクザンは珍しく表情が豊かだ。いつもなら半目で聞いているかいないのかもわからないぐらい表情の乏しい人なのに。


「まぁ、そうですね。尊敬ですからラブ度はそんなに高くないことは確かです」

「俺その言葉好きじゃねぇなぁ。範囲外って言われてるみたいじゃない?」


わざとらしくため息を吐いたクザンは、読んでいた本を机の上に放り投げて名無しの方を真っ直ぐ見た。
好意を持って貰えるのは本当に嬉しいことだし、有難いとは思う。だがしかし、いかんせん好みではない。


「こればっかりは私にはなんとも出来ないんですよね、好みですから」

「じゃあここは百歩譲って好みは置いとくってのはどう?」

「なんで私が百歩譲るんですか?」

「冬のボーナスの査定で贔屓してあげるから」

「それでいいんですか、大将」

「いいよ。だって大将だから」


クザンは悪びれもせずにあっさり頷いて、机の上に積み上げていた書類を適当に手にとって目を通した。
相変わらずなにを考えているのかわからない。


「…この会話、今年に入って何回目ですか?」

「20回目ぐらいじゃねぇのかなぁ」

「懲りないのはどっちですか?」


面倒そうにアイマスクを指で押し上げてクザンは、名無しの方を見てから不自然に視線を宙にさ迷わせて首を傾げた。
男は嘘をつくときに目が泳ぐらしいが、あながち嘘でもなさそうだ。


「名無しちゃんじゃねぇの?俺はほら、一途だから」


一応、なんてつけなくてもいいような言葉を付け足したクザンに、名無しはくしゃくしゃとかきむしるように髪の毛を指に絡ませた。


「浮気性な名無しちゃんを寛大な心で許してあげられるのは俺ぐらいなものでしょうが」


自信満々に言い放つクザンだが、一向に心は傾かないし揺るがない。
ここまでくるとある意味拒絶反応なのかもしれない。


「言ってることは理解できます。納得もできますし、反論する言葉も見つかりません」


この海軍本部の中で変な噂しか立っていない婚期を逃がした可哀想な女を拾い上げてくれるのは間違いなくクザンしかいないだろう。
だからこそ、百歩譲るのが嫌で嫌で堪らないのだ。目の前の男が勝ち誇ったように笑うのだけは絶対に阻止したい。

例え一生一人確定だとしても、だ。



















あなたが一途だなんて絶対に認めない


「事実を認めたくないのでお断りしたいと思います」

「そのうち嫌でも認めたくなるよ?」





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