隣の16番隊隊長
いつも視界の端に入り込んでくる人間がいた。
太陽みたいに明るくて元気で、憧れに近い好意を抱いているのだと自分でも自覚するほど、その人ばかりを視界に捉えていた。
恋愛なんて興味なさそうな言動、幼さの残る短絡的な思考は、決して魅力的とは言い難いものだったが、どこか人を惹き付ける所があった。
「……」
話しかけたらそばかすがくしゃっと潰れるぐらい笑って返事をしてくれる。
差別なんかしない。家族として優しくしてくれるのに、それでは心が充たされない。
だから、最近は話しかける前に戸惑ってしまって、遠くから眺めていることが多くなった。
「飽きねェなァ、お前も」
呆れたような声と、白い靄が目の前を通りすぎていくのはほぼ同時だった。
目の前をゆっくりと流れていく紫煙を目で追いながら隣にいるであろう男にため息を返す。
何年も一緒に生活をしてきているから声だけでわかる。
「まだ半年しか経ってないからね」
視線の先にエースを捉えたまま、口を開く。
好きになって、と言うのは少しおかしいかもしれないがこうやってよく視界に入れるようになってからまだ半年。
飽きるとか飽きないなんていうところまではまだいっていないと思う。
見ているだけでも満足していられるぐらいだ。恋としてもまだ成立するかどうかもわからない。
「エースってなんで見てるだけで癒されるんだろ…不思議だよね。マジミラクル」
「さぁなァ。野郎が騒いでても癒されやしねェよ」
煙管をひっくり返して床を叩いたイゾウは面倒そうに目を伏せて、口の中に残った紫煙を勢いよく吐き出した。
いつも甲板でエース観察をしていると、隣にイゾウがいる。何故かと言えばエースを見つめる自分があまりにも不審すぎて、暇なときは一緒にいてくれるように頼んだからなのからだが。
それからイゾウは律儀にも側にいてくれることが増えた。
そんなところが言葉とは裏腹に優しい。
興味ないとか、クソだるいと言いながらも名無しが不審者にならないように側にいてくれる。
「エースはきっと乙女心がわかんないんだろうなぁ…」
ぼんやりと騒ぐエースを見ながら呟いた名無しは、告白されたときのエースの表情を思い浮かべながら一人でニヤニヤと笑う。
毎回こんなことの繰り返しなので一人でいると完全に不審者だ。
「お前だって似たようなもんだろ」
「私はエースみたいに鈍くないもん。エース並みの鈍感はある意味希少だよ」
小馬鹿にするようなイゾウの言葉に唇を尖らせながら空を仰いだ名無しは、そのまま大きく伸びをしてゆっくり息を吐き出す。エースから視線を外してイゾウを見ると、大きな手がゆっくり伸びてきて後頭部の髪を絡めるようにして撫でた。
「イゾ…」
珍しいイゾウの行動に目を丸くして口を開きかけた瞬間、後頭部に回った手に力が籠って顔が重なる。
少し冷たい唇が一瞬触れて、長い睫毛が目の前で揺れた。
「ちょっ、なんで…」
あまりにも衝撃的なイゾウの行動に、声が引き釣って言葉が上手く紡げない。
「なんの打算もなく男が女に優しくするわけねェだろ。授業料だと思え」
当然だと言わんばかりに鼻で笑ったイゾウは、髪に絡めていた手で軽く頭を小突いた。
「……え。す、すみません…」
「次から気をつけろ」
「あ、はい…」
空気に流されて当たり前のように謝ったが、釈然としないまま名無しは小突かれた頭を撫でた。
隣の16番隊隊長
「イゾウがついに手を出したよい」
「ああ、イゾウが手出したな…」
「イゾウにしては我慢してたよね」