竜の落とし子
金髪の癖ッ毛に、人の良さそうな真ん丸な目。物腰の柔らかい話し方と清潔感のある服装はいいとこ育ちのお坊ちゃんを思わせる。
「おれはジョルジュ。アンタ名前は?」
「私はイエーヌ」
「そうか。いい名前だ」
「ありがとう、ジョルジュ。あなたの名前もとても素敵だわ」
適当に今考えた名前を誉めてくれたジョルジュは、紳士の鏡だろう。女性に名前を聞いたらいい名前だと誉めないといけないのは鉄板だ。
「財布を無くすなんて災難だったな。ゆっくりしていくといい」
紳士的な笑みを浮かべながらそう告げたジョルジュに、申し訳なさそうに名無しは眉を下げた。
だが、それは外面的な話。本当は心の中でガッツポーズをがっつり決めているし、自分の見る目を大いに誉め称えているところだ。
名無しは、詐欺から盗みまで色々な犯罪を重ねてきている。殺人こそないものの、変態親父を気絶させて身ぐるみ剥がしたこともあれば、裕福な子供相手に寸借詐欺紛いなことまでしたことがある。屑であることは自覚しているし、色々と恨みを買っていることも知っている。
だからこそ宿を取るときは他人の部屋に紛れ込むのだ。
万が一襲撃されても一人よりも二人の方がマシだ。
そういうわけがあり、酒場で知り合ったジョルジュに財布がなくなったことを相談し、泊めてもらうことになったのだ。
身体を許すのも、小汚ないおっさんよりは優しそうな紳士がいいに決まっている。そう思っていたが、ジョルジュは本物の紳士だったらしく、名無しには目もくれずそのままベッドに潜り込んで寝てしまった。
「じゃあ、おやすみ」
男としてそれはどうなのかとも思ったが、無駄な体力を使わずに済むと考えれば、ジョルジュには感謝しかない。
「ええ。おやすみなさい」
淑女ぶってにっこりと笑って見せながら、慣れない仕草に心の中で舌打ちをした。
夜も更け、街から灯りが消えていったのを見計らったように人の気配を感じて名無しは素早く起き上がる。
息を潜め、外の気配を探るように神経を尖らせると、外でも同じように中の気配を探ろうとする男たちがいた。
「……」
これはヤバイ、とジョルジュの方に視線を向けるが、お坊っちゃまは暢気に寝息をたてているだけだ。
今まで追っ手が付いたことはあるが、こんな数は初めてのこと。
どこかの貴族に手を出してしまったのだと今までの記憶を掘り返しながら上着を羽織る。
ジョルジュには申し訳ないが、ここは一つ犠牲になってもらうしかない。
腕っぷしには自信はないし、素人を庇いながら逃げるなんてことは不可能だ。
カシャン、と窓ガラスが控えめに割れる音がして、慌ててバスルームのドアを開ける。バスルームの中には小さな小窓が付いていて、そこから逃げる寸法だったのだが、バスルームの中には既に見知らぬスキンヘッドの男が立っていた。
「お前も革命軍か」
スキンヘッドの男はそう言うと、確認もすることなく名無しの首を掴んだ。
「ちょっ……」
抵抗しようにも一気に喉を握りこまれて、細い呼吸すら許されない。
霞んでいく視界に名残惜しさも感じることなく、身体の力が抜けていくのを感じた。
「人の宿に勝手に入ってくるなんてどんな教育受けてるんだ?ルフィですら挨拶ぐらいするぞ」
「が……ッ!!」
メキッと固いものが砕けるような音がバスルームに響いて、スキンヘッドの男の腕が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
乾いた咳を繰り返しながら、状況を把握する為に目を凝らした瞬間、男の頭があっさり潰れるのを見てしまった。
悲鳴もなく、なにが起こったのかよくわからないまま、バスルームは血だらけになっていて、名無しは目を丸くしたまま固まる。
「あ、大丈夫か?巻き込んで悪かったな」
「ジョルジュ……アンタ、何者なの」
目の前で人が殺されたのにも驚いたが、それよりもひ弱で優しげな紳士だったジョルジュの変貌ぶりについていけなかった。
それはもう淑女ぶる余裕すらないほどに。
「……そうだな。アンタが改めて自己紹介する気があるなら、おれも身分を明かすよ、名無し」
血の付いた手袋を新しものにはめ直したジョルジュ(仮)は、癖のある前髪を掻き上げてにっこりと笑って見せた。
綺麗に細められた目は、紳士の欠片すら見当たらない。化かされていたのは自分の方だったのだと気がついた時にはもう手遅れ。
「ドラゴンさんがアンタを呼んでるんだ。紳士のままでエスコートさせてもらえると有り難いね」
「なにが紳士よ。一時の気の迷いだったわ」
差し出された手には、返り血らしきものが付着していて、優しげな笑みとはあまりにも違和感がありすぎた。