棚からイケダン
ズキンズキンと目覚ましがわりに今日も頭が痛む。
この痛みを感じる度にいつも思う。
あと何回同じ朝を迎えれば爽やかな朝が来るのだろうか、と。
その答えは至って明快。
酒の量を控えればいいのだろう。
「あー…」
しゃがれた野太い声を出しながら髪の毛をかきむしると、いつもとは違うシャンプーの匂いがして、ため息が出た。
だらりとベッドから垂らした足が感じる感触も、いつもとは違う。
飲みすぎた挙句、どこかに泊まり込んでしまったようだ。
初めてのことではないが、久しぶりの大失態に頭痛とため息が止まらない。
目を開けてナイトテーブルに置かれた簡易な時計に目をやる。時刻は昼前。いくら休みだからって些か寝過ぎた感はある。
テーブルだと思っていたら古書が積み上げられているだけの変わったナイトテーブルをぼんやりと眺めていると、一瞬頭が真っ白になって、それから見覚えのある風景に飛び起きた。
「なっ!なんですとぉ!?」
飛び起きたせいで頭痛が酷くなったが、そんなことは気にならないぐらい驚いていたせいで、頭より心臓の方が痛んだ。
「喧しい」
「……いっ、イゾウ」
ベッドに寝転がったまま本を読んでいたであろう部屋の主、イゾウが眉を顰めて、咎めるような口振りで呟く。
咎められて当たり前なぐらい叫んだ覚えはあるが、それよりも何故イゾウの家で寝ているのかという方が問題だ。
肝心の昨日の記憶は最初の居酒屋あたりでプツリと途切れている。
でも今までイゾウの家に押し掛けてきたことなんてなかった。と言うか1回しか来たことなんてない。
前に来たときにナイトテーブル代わりに本を積んでるなんて珍しいなぁと思って覚えていただけだ。
「その面はなんも覚えてないって面だな」
「え、だって…え?え?」
着ているものが昨日のままであることを確認して、イゾウの顔と時計を交互に見た。
イゾウとは職場も違うし、住んでる地域も違う。繋がりと言えば同じ大学だったことだけだ。
連絡も取っておらず、会うのもかなり久しぶり。なにがなんだがわからない。
「ひ、久しぶり」
「昨日聞いた」
「そうだよね、なんか迷惑かけて……ごめん」
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかきむしりながら、ため息と一緒に呟くとイゾウも短く息を吐き出した。
「まァ、気にすんな。もう家族だろ?」
「うん……?」
ぽんぽん慰めるように肩を叩いてくれたイゾウに少しだけ救われたような気がしたが、聞き捨てならない言葉も確かに聞こえた。
その単語はあまりにも重く、縁遠いものすぎて、なんと聞き返したらいいかすらもわからない程だった。
「えー……と、今……ちょっとあり得ないこと言わなかった?」
頭を抱えながら低く呟くと、イゾウが機嫌よさそうに目を細めて笑う。
うっすらと浮かべられた笑みはなにか良からぬことを暗示しているようにも見える。
「入籍しただろ、昨日」
「にゅうせき?養子縁組ってこと……?」
「馬鹿か。なんで俺がお前の父親になるんだ」
馬鹿か、と言われても、家族・入籍と言われれば養子縁組か、結婚ぐらいなものだ。
イゾウと結婚するという非現実的なことから考えれば養子縁組のほうがまだマシだと思う。
「もう昼だからな、受理されてる」
「なにが」
「入籍届けに決まってるだろ。時間外だったから朝のうちなら取消しもいけたんだけどな」
「なんの、なんの話を……イゾウさん?もしもし?なんの話をしてるの?」
お前が起きないのが悪いと言わんばかりの口振りのイゾウは、わざとらしいため息を吐いて見せた。
「会社に報告しとけよ」
「なんだって?ちゃんと説明しろよ!」
「お前が言ったんだろ?」
「なにを!?」
「『可愛い可愛いって言うけどじゃあイゾウは私と結婚できんの?出来ないだろ!ふざけんな!男ってマジクソ!』って」
「……」
「だから出来るって証明してやったんだ」
「……」
イゾウの言葉に途切れ途切れに記憶が蘇ってきて、バーでイゾウに絡んでいるところを断片的だが思い出した。
二股かけられてやけくそになって飲んでいた結果だろう。
「結婚……したってこと?」
「まあ、簡単に言うところそうだ」
やけにあっさりそう呟いたイゾウは、どうやら配偶者になったようだ。実感なんてさっぱりないが。
「人生の岐路をそんな簡単に言っちゃうなんてヤバイゾウ」
「……」
「すみません」
イゾウがそんなくだらない冗談を言うとも思えないし、結婚したのは本当なんだろう。
「えー……不束な私をもらってくださりありがとうございました……?」
「気にすんな」
棚からイケダン
「実は大学の時片想いしてた」
「実は俺もだ」