臨時婚約者代理






名前はトラファルガー。
たしか高校時代隣のクラス、だったような気がする。いや、待てよ。隣の隣だったような気もする。

なんにせよ同じクラスにはなったことはないし、話をしたことなんてない。学年トップだったのか入学時も卒業時も生徒代表で挨拶をしていた気がする。

顔立ちはわりと濃い方だと思う。学生時代はなかったヒゲががっつり生えているし、随分と男男している感じだ。
学生服を着ていた時には全く想像できないような風貌になっている。


もし声を掛けられなかったら、どこかで見たことのあるような人だなー、程度で通りすぎていただろう。



近くにいるせいかトラファルガーからは微かにメンソールっぽい匂いがする。香水なのだろうが、あまり詳しくないし、語彙が貧相なのでメンソール以外の言葉は思い付かない。


「名無し」

「……」


黙ってトラファルガーのほうに視線を向ける。
エスコートように出された手に黙ったまま手を添えると、トラファルガーは上出来だと言わんばかりの笑みを浮かべた。


周りからはお似合いだとか息が合ってるなんてうわべだけの言葉が聞こえる。


なにがお似合いだ。
なにが息が合ってるだ。

トラファルガーとは数時間前に偶然会っただけでなんの関係もない赤の他人だ。



事の始まりはとあるマンションで痴話喧嘩を目撃したことから始まる。
エレベーターに乗り込むための通路ですごい修羅場を繰り広げていたトラファルガーは、漫画で描かれるような盛大なビンタをくらったあと、放送禁止用語に引っ掛かりそうな言葉を吐き捨てられていた。それをたまたま目撃してしまった。


そんなトラファルガーは女に負けず劣らずな捨て台詞を吐いていたので、喧嘩の内容はお互い様だったのだろうと思う。


そんな気まずい雰囲気の中こそこそとエレベーターに乗ろうとしていたところを引き止められ、半ば拉致されてこの場にいる。そしてお似合いだと言われながらトラファルガーに寄り添っているのだ。

正直、自分でも何があったのかよくわからない。
ただ、このよくわからない華やかなパーティー会場でボロを出さないように黙って立っているだけだ。


慣れない高いヒールと、普段なら着るような機会がないドレスは女にプレゼントするためのものだった物なのでサイズが微妙に合わない。
上手くいったら飯を奢ると言われたが、これは晩御飯ぐらいじゃ絶対に許さない。
ドレスと靴と装飾具をこのままパクって売り払おうと思う。



「いや、全く素敵なご婚約者ですなぁ」


恰幅のいい髭面のオジサンにそう言われて、謙遜するように笑みを浮かべて頭を下げた。













臨時婚約者代理


(まあ、悪い気はしないんだけど)


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