堕ちて来いと貴方は言う
「ちょっと遊びすぎじゃないですか、オーナー」
そう不満げに呟くと、ドフラミンゴはいつものように小刻みに肩を揺らしながら笑う。
怒ってる時にこの笑い方をされると非常に苛々する。
「フッフッフッ、妬いてんのか?」
「そういう意味じゃない」
バンッとテーブルを叩いた名無しは、分厚い帳簿をドフラミンゴに投げた。
当たったら痛そうな帳簿をなんなく避けたドフラミンゴは、また薄っぺらい笑みを浮かべたまま肩を揺らす。
「私が仕事してんのに女を連れ込むなって言っての!」
名無しが怒っているのは、金の使いすぎとか女を大量に侍らせているとかそんなくだらないことじゃない。
毎日一生懸命帳簿を書いている部屋にわざわざ来て、女とイチャつくことに怒っているのだ。
そもそもドフラミンゴはドレスローザを拠点としていると聞いている。わざわざシャボンディに居座る意味がわからない。
ついこの間まで顔も見たことがないオーナーだったが、最近は顔を見すぎて飽きてきた。
最初の頃はきちんとした言葉遣いで敬っていたが、もう最近はそんなこと思い出せないほど過去のことになりつつある。
「オーナーが仕事の邪魔するなんて言語道断よ!私は地道に仕事をして給料を貰うのが私の仕事なのに」
「フッフッフッ、そんな怒鳴るんじゃねェよ」
「アンアン煩くて仕事に集中できないので違う部屋に行ってって、何回言わせんの!」
静かだった執務室はここ数ヶ月ラブホテルのようになっている。今までは用事がある人間以外は全く近づきもしなかった部屋なのに、今では女がドフラミンゴを探しにひっきりなしに訪ねてくるぐらいだ。
帳簿をつける仕事の筈なのに、ドフラミンゴに寄ってくる女を整理する係りになっている。
「お前はもうちょっと俺に関心持てよ」
「関心持ったらいいことあるの?」
帳簿に挟まっていた書類が床に散らばっているのを見ながらため息を吐くと、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜた。
無臭だったはずの執務室は気のせいか生臭い気がして苛々する。
「仕事なんてしなくてもいい生活が出来るようになる」
「それで飽きたら捨てるんでしょ」
「フッフッフッ、やっぱり妬いてんじゃねぇか」
素っ気なく告げた言葉にドフラミンゴは満足そうに笑って見せる。不気味につり上がった口元は自信に満ちていて、直視したくなかった。
何もかも無くなって捨てられるよりは、今の地位を大切にしたほうがずっとマシだ。
「妬いてない」
「素直じゃねェな」
「堅実って言って」
認めたくないが、魅力的なのはわかるし甘い誘いがウザったいわけではない。
ただ、捨てられる末路が見えているからほいほいと誘いに乗るわけにはいかないのだ。
もうちょっと能天気に生きられれば人生楽しかっただろうなとは思う。
「海賊に堅実さはいらねェよ」
「私は堅気なので、一応」
「そんなわけねェだろ。俺の下にいるってことはそういうことだ」
楽しそうに笑うドフラミンゴは、落ちていた書類を拾い上げてペラペラと揺らした。
「私は遊びでそんなことできるほど大人じゃないんで!早く帰ってもらえますか」
ずかずかと近づいていって乱暴に書類を奪い取ると、代わりに大きな手が頭に乗る。
ポンポン、と軽く頭を叩くように撫でたドフラミンゴは相変わらず肩を揺らしながら、隣をすり抜けていった。
「また来る」
「もう来ないで」
吐き捨てるように言った言葉にドフラミンゴはゆらゆらと揺れながら執務室から出ていった。
ドフラミンゴの笑い声が耳にこびりついて耳の奥で響いていた。
堕ちて来いと貴方は言う