幸せ航路
寂れた街の酒場には滅多に客は来ない。
来るとしても隣の爺さんとか、近所の奥さんぐらいなもの。しかも注文するものはお茶のようなノンアルコールばかり。
置いてある酒は熟成されまくりだ。
だが名無しはこんな寂れた街が気に入っている。
平和で長閑で、悪いことを考える人間なんていない。この大海賊時代には珍しく貴重な島だ。
そんな島にたまにやって来る上客がいる。
島の特産の酒が気に入ったとかなんとかで昔からたまに来てはだらだらと滞在して金を落としていく海賊。それが赤髪海賊団だ。
あちらこちらで遊び回っているらしいが、不思議と悪い噂はあまり聞かない変な集団だ。
「よう、名無し!しばらく会わないうちに老けたな!」
「シャンクス!うちの金蔓!待ってたよー!」
ざわざと煩くなった外を覗きに行こうと思った瞬間、扉が開いて赤い髪が目の前に飛び出してきて、思わずたいして確認もせずに飛び付いた。
「……お前の金蔓はこっちだ」
思っていたより胸板が厚くて違和感を覚えたのと同時に呆れたような声が降ってきて、隣に本物のシャンクスが微妙そうな顔をして立っていた。
「あれ?シャンクス。随分、その……」
久しぶりに見たシャンクスは名無しの記憶とはかなり感じが変わっていた。
何より左腕とトレードマークの麦わら帽子がなくなっていた。
「随分……スッキリしたね」
一応色々な言葉を思い浮かべたが、他に表しようがなかった。
海賊なのだから争いなんかも避けて通ったりしないのだろうし、なにより本人が後悔のない顔をしていたから慰めを言うのも違うと思った。
「だっはは、そうだろ。惚れ直したか?」
「うんうん」
無くなった左腕を確かめるように服の上から撫でたシャンクスに、名無しは数回頷く。
少しいつもと違う雰囲気に飲み込まれそうになったのもあり、シャンクスの顔が直視できなかった。
「何か飲んでいくでしょ?」
「いや、すぐ発つんだ」
入口で立ち止まったまま淡々とそう口にしたシャンクスは笑みを浮かべてはいたが、笑っているようには見えない。
「そうなんだ。折角男前のシャンクスを肴に飲めると思ったのに」
「一緒に来い、名無し」
ちょっとふざけたように笑った名無しに間髪入れずにシャンクスが言う。
有無を言わせないような悪い笑みを浮かべたシャンクスを見るのは初めてのことで、確かに惚れ直してしまうほどだった。
「遠くにいくの?」
「ああ、暫くはこっちの海には戻れない」
「じゃあ仕方ない。上客逃がしたら生計が成り立たないもんね」
嫌味っぽく返してみたが、実際表情がそうでもなかったのかベックマンが小さく吹き出していた。
「これ以上シャンクスの部品がなくなったら困るし」
「部品……」
少し落ち込んだように肩を落としたシャンクスを見た名無しは短くため息を吐いて、うつ向いたシャンクスを下から覗き込んだ。
「まぁ、なによりもシャンクスが好きだからついていくんだからね!それ以上男前になったら泣いちゃうからね」
ばしばしと背中を強めに叩くとシャンクスは困ったように笑ってそうだなと小さく呟いた。
幸せ航路
「てかてか迎えに来るのが遅いよ!」
「す、すまん……」