ハロー、こちら海の上






なんて言えばいいのかわからないが、普通に寝て起きたら知らない物置みたいな汚臭い部屋にいた。

ごく当たり前に考えれば考えられることはただ一つ。
目の前で寝ている男が誘拐犯だと言うことだろう。


すうっと思いきり息を吸い込んでお腹に力を込めて叫んだ。


「ぎゃーーーーっ!!」


力強く叫んだその声は自分で思っていたよりも大きく、叫んだ自分もびっくりした。
もちろんなによりも目の前の男がびっくりして飛び起きたのだが。


「なっ!ちょっ!!ええっ!?」


慌てたように飛び起きた男は、目を白黒させてキョロキョロと辺りを見渡した。
声を聞き付けたのかバタバタと外から足音が近づいてくるのが聞こえる。


「お前なに!?なんで叫んだ!?いや俺は誰だ!?ここは誰の部屋だ!?」


大騒ぎになっているせいか男はパニックになっているらしく、慌てて毛布をめくって服を着ているかチェックをする。
きちんと着ていたことを確認した男は安堵のため息を吐いた。


「お頭!」


バタバタと駆けつけてきた足音が部屋に一気に雪崩れ込んでくる。4、5人の屈強そうな男達が、男の顔と名無しの顔を交互に見て呆れたようにああ、と力なく漏らす。


「お頭……どこに隠してたんですか」

「全くお頭、心配させないでくださいよ」

「なんだ、またお頭の悪いクセか」


名無しが思っていたような反応は男逹からはなく、またかと言わんばかりの反応しかない。
なんだなんだと集まってきた他の男達の声も聞こえたが、当たり前のように女だ、の一言でみんな散っていった。


「あ、あの……誰か助け……」


逃げようとしてみたものの、腰が抜けてしまって立ち上がれない。助けを求めてみたものの、既に散ってしまったばかりで誰も戻って来てくれることはなかった。


「あー……お取り込み中悪いんだが、お前どこから潜り込んだ?」


ドアに手を伸ばしたまま固まる名無しに、男が面倒そうに頭を掻く。
寝ていた時はわからなかったが、顔に傷はあるし、左腕もない。しかもベッドの脇には刀のようなものが立て掛けてある。

表情から怖さは感じないが、ありえないような状況に冷や汗が一気に吹き出した。


「お、お金はあんまり持ってないんだけど、いや、ですけど、カード!カードがあります!無事に帰してくれたら暗証番号教えますから!」


ガチガチと奥歯が震えて、頭の中が真っ白なまま声を絞り出すが、目の前の男は眠そうに欠伸を繰り返すだけだ。


「いや、まあ……いいか。別になんの支障もないしな」


シャツの中に手を入れてぼりぼりと腹を掻いた赤い髪の男はどうでもよさそうにベッドを下りてトイレにでもおいてありそうなスリッパに足を通した。


「ひっ!!」


近づいて来る男に短く悲鳴を上げて、頭を庇うように蹲る。筋肉が萎縮して強張ってしまい、強い痛みを感じた。

ぺたんぺたんと情けないスリッパの音は少しずつ近づいてきて、そして遠退いていく。


「お頭ァ、また女連れ込んだのか」

「連れ込んでねぇよ」


遠くの方でからかうような声がして、それすらも小さくなっていく。
呆けていた名無しを現実に引き戻すように木で出来たドアが安っぽい音を立ててぱたん、と閉まった。













ハロー、こちら海の上


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