卵が先か鶏が先か






世の中は大海賊時代と呼ばれるほど海賊が溢れ返っている。
そうなれば当然のことながらその海賊を食い物にして生きていく職種も増えてくるのが世の常だ。


街単位で海賊団を丸裸にしてしまう島や、海賊を襲って丸ごと売り払ってしまう人間屋、そして宝を持っていい気になってる奴をピンポイントで狙うスリ。


「……その金なにに使うの、お姉さん」


通りすがりに声をかけられ、思わず足を止めた。

本来ならばこういう場合は一目散に逃げるのが一番いい選択なのだが、今回の相手はそう易々と逃してくれそうにはなかった。だから仕方なく足を止めた。


「内緒…って言ったら見逃してくれない?」

「どう思う?お姉さんなら自分の財布スったやつを見逃してやんの?」


人好かれしそうな笑みを浮かべたまま軽く肩を竦めた男は、ポケットからくしゃくしゃになったタバコを取り出してくわえた。
そして少し葉のはみ出たタバコに火を点けて深く吸い込んだ後、ため息を吐くように紫煙をゆっくりと吐き出す。


名無しの前に出された手のひらがひらひらと揺れて、返せと言わんばかりに動いた。


「やっぱりダメよね」


諦めたように短く笑った名無しは、マネークリップで留めてある札束をぽいっと男に投げて戻した。
相当あったであろう札の持ち主はやはりある程度の実力を持ち合わせているということなのかもしれないが、初めて盗んだものを返してしまった。

今まで見つかったことは何度かあったが、盗んだものはいくら殴られても返したことがない。
ある意味プライドがへし折られた気持ちだ。


「俺が言うのもなんだけど盗みは関心しねぇな、名無しちゃん」

「なんで名前……」


いきなり名前を呼ばれて、ぎくりと身体を強ばらせると男は持っていた護身用の懐刀を投げて返した。


「スリからスるなんてお兄さん度胸あるわ」

「だろ?度胸だけが取り柄でね」


嫌味たっぷりに吐き捨てて懐刀を握り締めると、男は片眉を器用に上げていかにも悪そうな笑みを見せた。


「ま、でも白ひげ海賊団の隊長の金に手を出す名無しちゃんの度胸もなかなかのもんなんじゃねぇの」


白ひげ海賊団の名前にぞぞっと背筋に寒気が走って、思わず男の顔を二度見する。
白ひげ海賊団と言ったら報復の恐さ故に海軍ですら手を出さないぐらいだ。

詳しくは知らなかったとは言え、初めに男から感じた恐怖はあながち勘違いでもなかったようだ。


「これは……覚悟すべき事態なのかしら」

「名無しちゃんが一緒にメシ食ってくれるならそんな覚悟はいらねぇけど?」

「あら、優しい」

「別の覚悟はいるけどな」


目を伏せて意味深に笑う男の手を名無しは戸惑うことなく掴む。
色欲を帯びたその目はよく知っているものだ。


「お兄さん、名前は?」

「サッチ」


ゴツゴツとした固い手を強く握った名無しは、サッチを下から軽く睨み付けながら笑う。


「私を選んだことを後悔させてあげるわ、サッチ」

「そりゃあ……楽しみだな」


負けじと強気な笑みを張り付けた名無しに、サッチは軽くおどけたように肩を竦めて、愉しそうに笑った。







卵が先か鶏が先か


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