鰐と幽霊






そこが大監獄だと呼ばれていると知ったのは、まだ最近のことだった。
変な言い方だが気が付いたらいつの間にか此処にいたので、そんな物騒な名前がついているとは思わなかったのだ。


怖そうな顔をしたやつばかり集まると言っても、それが当たり前で怖い顔の基準もわからない。


「退屈だね、今日もまた面白い話して」

「テメェ、また来たのか」


ここが大監獄だと呼ばれていると教えてくれたのはクロコダイルだ。
無限に与えられる退屈に飽々していたのか、名無しが訪れた時は色々と外の話を聞かせてくれる。


そもそも名無しは此処に勤めているわけではない。
どういったわけか苦痛ばかりを与えるこの大監獄に適応できる身体を持っているらしく、好き勝手に遊び回っているだけだ。
看守達も座敷わらし程度にしか名無しの存在を信じていない。


「こんな地獄にいねぇで外に出ろ。そしたら好き勝手に生きられるだろうが」

「外の世界怖いもん。でもクロコダイルが一緒にいてくれるなら行ってみたいかも」


毎回似たような話を繰り返すが、答えはいつも同じだ。


「俺は一生此処だ」

「ふーん」


外の世界でなにをやらかしてしまったのかは知らないが、とりあえず悪いことをして一生この場所から出れないらしい。


「じゃあ私が一生暇潰しの相手になってあげよう」

「頼んでねぇ」


いつも憎まれ口を叩きはするが、半分諦めているのか当初のようには怒らなくなった。
どうせ一日中ぼんやりしているだけだから、暇だというのもあるんだろう。
こんな風な毎日が一生続いていくんだとなんとなく感じていたある日、大監獄は一人の麦わら帽子の青年によって破壊された。

いきなり飛び込んで来たかと思うと、上の階から破壊しながら降りてきて、誰かを必死に探していた青年はクロコダイルを檻から難なく出してしまったのだ。
クロコダイルが出たいと願っていたのなら協力したのに、と独り言のように呟く。


友達はいないと言っていたのに、ちゃっかり違う階に友達がいたようだし、なんだか凄くつまらない。
男の友情を見せつけられて凄く疎外感がある。


「…行くの?」


騒然とした中を出ていこうとする小さく声をかけると、クロコダイルは名無しの方を振り返って眉間にシワを寄せた。
「あ?俺と一緒なら行くんじゃなかったのか?」


てっきり忘れられていたと思っていたのに、クロコダイルの口から出た言葉に涙が出そうになった。


「ここから出られないのわかってて言ってるんでしょ」


クロコダイルが一生出られないと聞いたときに凄く嬉しかったのは、ずっと一緒にいられると思ったからで、思えばあの時からクロコダイルに恋していたのかもしれない。


「……」

「ウソツキ。呪ってやるわ」

「……」


クロコダイルの背中に向かって恨み言を呟いたが、振り返ることはない。


「って言いたいところだけど、いいや。なんか楽しそうだから」


騒がしい中で垣間見たクロコダイルの表情は、今まで見たことがないような表情で、なんだか脱力してしまった。


「またいつでも遊びに来てね」

「馬鹿か。もう二度とごめんだ」


眉間に皺を寄せてそう吐き捨てたクロコダイルに、名無しは短く笑った。
騒がしさが増していく監獄の中で、クロコダイルの言葉がどんどん周りの騒音に飲み込まれていく。


「バイバイ、クロコダイル」


聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いたが、クロコダイルはその声に軽く振り返って何もない薄暗い天井の隅を見上げて口を開いた。


「俺がくたばるまで大人しく待ってろ」


そう吐き捨てるように言ったクロコダイルには囚人服ではない黒い外套と葉巻がよく似合っていた。












鰐と幽霊



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