愛しの海賊
人様の手のひらを見つめ続けて早5年。
最初は食べるために仕方なく始めた詐欺紛いの占いだったが、最近は当たらずとも遠からずのことを言えるようになってきた気がする。色々と経験を積んできて、それらしきことをそれっぽく言えるようになってきたのかもしれない。
決して占いが出来るようになったわけではない、と思う。
道の隅でぼんやりと行き交う人を見ながら、名無しは飾りで置いてある水晶を指で突っついた。
そこに影が一つ落ちてきて、ゆっくり空を見上げる。
目に入ってきたのは薄汚い空と、鮮やかな黄色いスカーフだった。
その後に視線に飛び込んできたのはあまり見かけないリーゼント頭。料理人風だが顔には大きな傷があって、とてもじゃないが堅気には見えない。
歳は結構いっているが、年齢の割には落ち着きがなさそうで、今も後ろを通った可愛い女の子に視線を奪われていて、見られていることに気がついてないようだ。
男が目の前に腰掛けた瞬間、名無しはゆっくりと首を振った。
「恋愛運は残念ながら」
「いきなり!?俺まだなにも言ってねぇんだけど!?」
「冗談です。なにを視ればいいですか?」
両手を差し出して手を出すように促すと、男はすんなりと手を出して大きく広げて見せた。
固い皮に被われた無骨な手のひらは、手相がぐちゃぐちゃになるほど傷やタコが散乱している。
生命線なんか途中で切れてて不吉すぎる。
「健康運とかどう?」
「……友情には恵まれてるんですね、あと金運凄いです」
「いや、健康運……」
「今日誘った女性はあなたにとって幸運を呼び寄せる鍵になります」
健康運はみる影もないなんて間違っても口には出来ない。
占いなんてマイナスなことを言うと客は逃げていく一方で、下手すると金を払わないヤツもいる。
だから敢えていいことしか言わないことにしている。
嘘ではないので問題もない。
「じゃあアンタになってもらおうかな。幸運の女神」
大きな手が名無しの手を掴んで、目の前の男はにっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
人懐っこいし優しい笑みなのに、善人に見えないのは目の横にある傷のせいなのか。
「俺も名前で占い出来るんだけど、見てみたくね?」
「……さぁ、ちょっと怪しい気もしますけど」
人を見る商売だからか、目を見れば本気か冗談かは見分けられると思っていた。
だが、目の前の男はちょっと違うようだ。本気には見えるがどこか冗談の様にも見える。
「名無しよ」
いつもならこんな変な男に名前なんて教えないし、誘いだって断るのに、そうさせない魅力が男から出ていた。
どこまでも自由で、死線ギリギリを平気な顔をしている男が魅力的に見えるなんて。自分でも苦笑ものだ。
「名無しね、名無しはそうだな…今日はサッチって名前の男と相性がいいと出てるけど」
「残念、知り合いにそんな名前の人間はいない」
「おっと偶然、目の前にいるけど?」
お決まりのセリフが当たり前のように出てくる辺り使い古されているようだ。
それを不快に思わないのはサッチの人柄なんだろう。騙されているとわかっていながらもサッチの手をとる自分も相当馬鹿なんだろう。
愛しの海賊
「は!?海賊…!?聞いてない!」
「だろうな、言ってねぇもん」