最初は羽振りがよくて面白いおっさんだな、と思った。 執着心を感じないし、恋愛には興味はなさそうでこれ以上にない男だと。 暫く一緒に飲んでいると、海賊だということがわかったが、このご時世。特別海賊に偏見はなく、商売目的で酔って潰れたシャンクスを宿まで運んだ。 商売というのは売春ではない。簡単に言えば、潰れた人間の身ぐるみを剥がすのが商売だ。 相手が海賊だとあまり罪悪感を感じなくていい。 大きなイビキを響かせるシャンクスを起こさないように、金目になりそうなものを物色する。 有り金もポケットに入っていた装飾具も全て自らの鞄に突っ込んだが、刀だけは手をつけない。 売人のルートがないというのもあるが、刀だけはなんとなく盗みにくいものがある。持っているとやたら目立つのも好ましくない。 取れるだけ取ったしそろそろズラかろうとドアノブに手をかけた瞬間、部屋の空気が張り詰めた気がした。 後ろから感じる威圧感に身体が竦み、背筋から一気に冷や汗が吹き出す。なにをされたわけでもないし、声がしたわけでもない。 それなのに怖くて怖くて、気がついたら吹き出た汗が頬を伝い顎からぽたぽたと落ちていた。 「せっかちだな、なにか急用か?」 「……」 さっきまでべろべろに酔っ払っていた筈のシャンクスの声は、何もなかったかのように冷めきっていて、恐怖を感じた奥歯がカチカチと音を立てる。 木造の宿がミシミシと音を立て、まるで建物自体がシャンクスに怯えているかのようだった。 さっさと謝って半殺しで捨てられた方がよっぽどマシな気がするが、萎縮しているせいか声さえ出てこない。 「こんな夜更けに女一人で出歩くなんて感心しないな」 引いて開けるタイプのドアに後ろから手が伸びてきて、節くれだった武骨な手が進路を塞ぐ。 顔が見えない分温度のないシャンクスの声は恐ろしく、じわりじわりと感じる体温に心臓が警鐘を鳴らす。 「これっぽっちで帰るなんて時間の無駄なんじゃないのか?」 ぽたりぽたりと床に汗が落ちて、いくらか軽くなった威圧感に深呼吸を繰り返した。 「まぁ、お前の目的が金でよかった」 何も答えられずに黙り込んでいると言うのに、シャンクスは安堵したように短く笑って一人で話を進めていく。会話が成立しているかのように滑らかに。 「荷物…」 「は?」 「荷物は全部、返す」 「ああ、別に俺は荷物を取られて怒ってるわけじゃねェんだ」 腹の底から絞り出すように声を出してみたが、シャンクスは意外にもあっさりとそれを否定した。 「名無し、お前はいくらだ?」 「身体は売らない」 「答えが違うな。お前の人生はいくらか聞いてるんだ」 「……」 「こんなところで日銭を集めてたってつまらねェだろ?」 息が止まるような威圧感はなくなったが、押さえ付けられるような感じはいまだ払拭されていない。 今ここで断ったりしたら、首が飛んでいくのは易々と想像できた。 「なぁ、名無し。金が欲しいなら俺の取り分は全部お前にくれてやる」 進路を塞いでいた手が首に絡むように伸びてきて、抱き寄せられる。普通なら多少ドキドキしそうなものだが、恐怖から身体の芯まで冷えていくような気がした。 慈しむように触れられた首筋はまるで刀で撫でられているかのように強張り、萎縮しすぎた身体は痛みで悲鳴を上げる。 「シャンクス、もし断ったらどうなるのか教えて」 「……俺は海賊だからな」 シャンクスのその一言で、逃げ道全てがすっぱりと絶たれたような気がした。 金が金を飲む 「いつからこの展開を想像してたのか聞いても?」 「あの店でお前に会ってからだな」 |