クロコダイルと名無しの関係はとても微妙な関係だ。
もともとは名無しが乞食になりかけていたところにクロコダイルが通りかかって、半ば無理矢理拾ってもらうところから始まった。

それから特に出ていけとも言われないので(枯らすぞとは言われた)そのまま居座ってしまっている。

クロコダイルは無口で、そして人間をあまり信じていない。
バナナワニのことは好きらしく、よくあのでかい身体を背凭れにして本を読んでたりする。

人と群れることを嫌ってはいるが、一対一ならわりとまともに話もするし、人間嫌いではないと思う。


そんなクロコダイルの側にいること半年、名無しは決心した。今こそこのダラダラした関係性に終止符を打つことを。



「ちょっと!鰐!」

「……あ?」


高そうな椅子に深々と腰掛けて本を読んでいたクロコダイルは、面倒そうに少しだけ顔を上げて眉を歪めた。

これまで何回何十回鰐と呼ぶなと言われてきたが、数えられなくなった辺りから注意もされなくなった。されていた時はうざくてたまらなかったが、いざされなくなると少し寂しい。
そう感じるのは多分クロコダイルのことを大切に思っているからなんだと思う。


「ちょっと来て!こっち!こっちに立って!」

「うぜェ」

「立って!こっちに来てってば!」


捲し立てるようにそう声を荒立てると、クロコダイルはこれでもかと言わんばかりに大袈裟なため息を吐いて項垂れた。
そして綺麗に後ろに流された髪の毛をぼりぼりとかきむしった後でおもむろに立ち上がり、大きな身体を左右に揺らしながら名無しの示した場所に渋々だが歩いてくる。


「ここでいいよ」

「こんなところに立たせといてしょうもねェ用事だったら枯らすぞ」

「大丈夫!一生に一度の大イベントになるはず!」


クロコダイルを壁との間に挟むように立たせた名無しは、立ち位置を確認してから両手をクロコダイルの横幅に合わせるように広げて倒れ込んだ。

クロコダイルの胸に顔を埋めるように倒れ込んだ名無しは、手探りで後ろにあるはずの壁を探したが、体型の違うからか高級外套の厚みからか思い描いていた図にはならなかった。

名無しが考えていた図とは、もう逃がさないぜ!的なポーズだったのだが、現実は鰐に吸収されてる雑魚みたいな図になっている。


「……」

「……」

「……」

「なにが一生に一度の大イベントだ?テメェの一生ここで散らしてやろうか?」


わけのわからない行動をとる名無しに苛々したように葉巻を切ったクロコダイルは、義手のフックで名無しの頭を強めに小突く。
追撃するように葉巻の切れっぱしが頭叩いて落ちていった。


「しゃがんで!鰐が無駄に成長するからいけないんだよ!」

「なにキレてやがる」

「しゃーがーんーでー!」


太い葉巻を楽しむように吸い込んだクロコダイルは、紫煙をゆっくりと吐き出しながらその場にしゃがんだ。
しゃがんでも高さがあまり変わらないことが驚きだ。


チリチリと葉巻についた火が燃えて、あっという間に辺りにうっすらと紫煙が舞う。


そんな空気に飲まれまいと気合いを入れて壁を両手で叩きつける。クロコダイルの顔が名無しの視線より少し下にあるのでいい感じで見下ろせるが、あまり驚いた表情はしていなかった。

相変わらず不機嫌そうではあるが、その中には興味も見え隠れしている。


「私の鰐になって!」

「……」

「大好きだから、ずっと側にいたいから、私だけの鰐にな……っ!」


前のめり気味に口調を強めた名無しの首にクロコダイルのフックががっしりと引っかかる。
そのまま頭だけがぐいっとクロコダイルの引き寄せられた。
呼吸を感じるほど縮まった距離にじわじわと熱が上がり、名無しの頬は上気したように赤くなる。


「テメェに俺が飼えると思ってんのか?小娘」

「か、飼うんじゃなくて一緒にいたいだけだし!」


壁についたままの両手に力を込めて睨み付けてくるクロコダイルを牽制するように睨み返した。


「……ク、クハハハッ!」

「笑うな!馬鹿鰐!」

「ギャンギャン吠えるんじゃねェよ」


首を完全に取られているせいか、下手に両手を離せなくなってしまって不利な状況になってしまっていることに漸く気がついた。

クロコダイルはひとしきり笑ったあと大きな口を挑発的に歪めて目を細めた。


「なかなか面白れェじゃねェか。お前と一緒にいてやってもいい」

「うそ!やった!」

「だがお前が俺を飼い慣らせねェようなら、噛み殺してやる」

「……」


愉しそうに笑いながら白い歯を見せたクロコダイルは、意図的に歯をカチカチと鳴らす。

その凶悪な顔が今までで一番素敵だったなんて、なんとなく言い出せずに吸い込まれるようにキスをした。













鰐、飼育始めました


「鰐ってどこまで世話が必要なの?」

「さぁな」




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