世の中には奇妙な男もいるものだと思う。

例えば名無しなんて、100歩譲って更にお世辞を言っても美人でもなければ可愛くもない。ついでに愛嬌もない。
ないない尽くしで、あるものと言えば簡単には折れない精神と、気合いと根性ぐらいなものだ。

以前そのことをサッチに言ったら、お前が男で俺が女なら惚れたかもしれない、とよくわからないことを言われた。
理解できたのはそれだけ女としての魅力がないということなのだろうということだ。


そんな経緯もあり、女としては生きてきておらず、下手したら男なんかよりも逞しく生きてきた。


「イゾウもしかして熱があるんじゃない?相当高熱で錯乱状態であるとみた」

「あァ?お前俺に喧嘩売ってんのか?」


煙管を口の端にくわえていたイゾウは、不愉快そうに眉間にシワを寄せながら紫煙を細く吐き出した。
意図的なのか、偶然なのかはわからないが、吐き出された紫煙は名無しの顔の周りにまとわりつく。

絡み付いてくるような紫煙を手で必死に仰いでみたが、なかなか匂いは取れない。


「そんなまさか!なんで私が16番隊の隊長であるイゾウに喧嘩売るの?ないだろ!ないない!寧ろ体調を心配してる辺りで察してほしい!」


ぶんぶんと凄い勢いで首を振ってみたが、訝しげに歪められたイゾウの表情が晴れることはない。


「俺は相手を気遣ってやるほど優しくもなければ気も長くねェ。わかったらさっさと返事をしろ」

「……返事って言いますと、その…今のアレの?」

「それ以外になにがある?まさか俺がお前に晩飯のメニューでも聞くってのか?」


長い指が煙管の管をトントンと叩き、火が床に落ちた。
火の塊は息を吹きかえすかのように赤く光ってから黒い燃えカスに成り下がった。


視線がついつい下にいってしまうのは、気まずさからイゾウの顔を見るのが億劫だから。そしてジリジリと近付いてくるイゾウから逃げるように後ずさるのは、得体の知れないイゾウが恐いからだ。


何故ならイゾウはついさっきモテない代表である名無しに愛の告白をしてきたからだ。いや、はたしてアレが告白と言っていいものかどうかはわからないが、とりあえず俺のものになれ的なお買い上げ発言のようなことを言われたのだ。

そりゃあ逃げたくもなる。


「な、なんで?私のこと好きなの?」

「理由次第で返事が変わるのか?」


近付いてくるイゾウの勝ち気な表情に狼狽えた名無しは、背中に壁を感じて絶望した。
勿論易々と逃げられると思ってはいないし、運良くこの場を逃げきっても海の上からは逃げることなんて出来ない。


「私に価値なんてないよ!」

「なら俺のものにしても問題はねェな」

「違う。そういう意味じゃない。私がいいたいのはそういうことじゃなくて」

「ごちゃごちゃ喧しい」


背中を壁にのめり込ませるぐらい逃げてみたが、顔の横にイゾウの勢い良く腕が突き刺さった瞬間に死を覚悟した。
逃がさないというアピールなのか、怠くなって支えのために腕をついたのかはわからないが、勢い良く伸びてきた腕にビビらない人間はいないだろう。


「すみ、すみません」


囲い込まれるようにイゾウの頭が頭上から覆い被さってくる。あり得ないようなその完全包囲網に思わず身体が萎縮して舌も上手く回らない。


「名無し」


静かで地を這うような声が名無しの名前を呼び、まだ熱を持っている煙管の先が顎を下から押し上げた。


「はひ」


無理矢理上向きにされたせいで情けなく漏れた言葉に、イゾウはにんまりと愉しそうに笑って紅い唇を釣り上げる。
こういう顔をするときは良いことがない。


「わかってるな?はいかイエスだ」


今にも触れそうな艶やかな唇が吐き出した言葉に、名無しは人生二回目の絶望を感じた。














蓼食う悪魔


「イゾウ…あの」

「いや、もう返事もいらねェ」

「そんな馬鹿な!!」





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