名無しは先見の目を持っている。
予測とかそんな曖昧なものではなく、はっきりと未来を見ることが出来るのだ。
悪魔の実の能力なのだが、他人の未来を覗き見してしまうこの能力は、正直疎ましいだけでなんの役にも立ったことがなかった。
それが、初めて役に立つ時が来たような気がする。
今夜サッチが死ぬ。それがわかったのは今朝のこと。
朝、頭を撫でられたとき、手のひらを通じてサッチが死ぬビジョンが見えた。
相手は家族であるティーチ。
悪魔の実を巡っての争いだったらしく、サッチは即死のようだった。
そして、そのサッチが先程悪魔の実を買って帰ってきたのだ。
全て視た通り。
「ティーチ」
遠目で悪魔の実を自慢するサッチを見つめていたティーチを見つけて声をかけた。
「名無しか、どうした?」
ゼハ、と短い笑いを歯の隙間からもらしながら振り返ったティーチは、いつも通り人好きそうな笑顔を見せる。
「ティーチは、見に行かないの?サッチが買ってきた悪魔の実」
「ゼハハ、俺は悪魔の実には興味ねぇからなぁ」
後頭部を撫でながら目尻を下げて笑うティーチからは悪意なんて感じられず、本心のような気がした。
それでも今まで視た未来は、間違えなどはなく脳裏に過るビジョンに眩暈すら感じる。
「ティーチ、サッチを殺さないで。私、サッチが好きなの」
「……ゼハ、俺がサッチ隊長を殺すわけねぇじゃねぇか。家族殺しはタブーだ。親父殿に殺されちまう」
ふざけたように笑ったティーチの手のひらを指先で触ると、やはりサッチが死ぬのが見えた。
ティーチは大切な家族だ。
サッチも大切な家族で、そして好きな人だ。
どちらが欠けても同じくらい悲しいし、辛い。かといって二人を止められる自信もない。
「ここで、騒動が起きたら……今夜の事件は無くなるかな」
「名無し、お前能力者か?」
ガチガチと震える手で刀を掴むと、ティーチの目が一瞬鋭くなった。
その鋭い目を見た瞬間、ティーチが本気でサッチの持つ悪魔の実を狙っていることに気がついた。
「そうよ。未来が、視えるの」
「ゼハハ、そうか。視たんだな」
先程触った手のひらを確認するように見つめたティーチは、何も説明していないのに全てを理解したように笑う。
少し抜けたような印象だったティーチだったが、それが偽りの姿だったことに気が付いた瞬間、爪先から頭の先まで肌が一気に粟立った。
「取引だ、名無し。サッチの悪魔の実を盗んでこい」
「……」
「そしたら俺はサッチを殺さない」
俺だって家族は殺したくはねぇんだ、と付け加えたティーチの表情からは嘘か本当かなんて読み取ることが出来ない。
「盗んできたら、本当に殺さないの?」
わいわいと騒ぐサッチを見ながら口だけを動かすと、ティーチはにやりと口元を緩めた。
「お前の目と、悪魔の実。これが揃えば俺の夢は叶う!サッチを手にかける理由はねぇ!」
心ばかりか声を荒げたティーチからは今まで見たこともない野心の塊のようにも見える。
「……わかった」
サッチを傷つけることなく守る為にはこの方法しかない。静かに頷くと、ティーチからゼハハと笑いがもれた。
今夜から敵になる貴方へ