シャキシャキと刃が擦れるような音が、耳のすぐ近くで聞こえる。
それと同時に傷みに傷んだ髪の毛がボトッと床に落ちていく。

放っておくと髪の毛なんて伸びっぱなしで、ずっと結んでるだけ。髪の毛を切る時間が面倒なので基本的に切ることはない。


「お前、もう少し髪を何とかしろ」

「すみません……」


櫛で髪をとかれるたびに毛先が櫛に引っかかり、頭ごと後ろに持っていかれる。
本来ならこんな苦痛な空間から逃げ出したいところだが、髪を切っているのがイゾウなのでそういうわけにはいかない。

わりと誰にでも逆らえる自信がある名無しだが、絶対にイゾウには逆らえない。なぜかはよくわからないが、本能が逆らってはいけないと告げている。

伸びっぱなしの髪の毛がたまに短くなるのは、イゾウに捕まるからだ。


「相変わらず暴れまわってるみたいだな」

「ああ、マルコの部屋にネズミ花火投げ込んだこと?」


櫛に引っ張られるように上を向いてイゾウを見上げると、真っ直ぐしてろと言わんばかりに後頭部をぐいっと押し戻された。


「お前、マルコにどんな恨みがあるんだ」

「あいつは天敵だと思ってる」


リズミカルに響くハサミの音を聞きながら唇を尖らせた名無しは、短くため息を吐く。
よくわからないが、何となくムカつくのでネズミ花火を部屋の中に放り込んだら、書類が焦げたらしく酷く怒られた。

怒り狂ったマルコに追いかけられて、思わずイゾウの部屋に逃げ込んだところ、捕まって髪を切られるハメになってしまったのだ。


ブツブツと文句を呟いていると、後ろでイゾウが短く笑ったのがわかった。

基本的にイゾウはなにをしても怒らない。
たまに機嫌が悪くなることはあるが、怒鳴ったり殴ったりすることはまずない。

それ故に名無しにとっては不気味な存在だったりする。


ストレートしか打ち返せない名無しと変化球しか投げないイゾウでは、まず会話が成立しないのだ。


「なんだ?遠回しなのは不満か?」


変な笑いを含んだようなイゾウの声に、背筋がゾクリと震える。特になにをされた訳ではないが、部屋の空気が一瞬で変わったような気がした。

耳の後ろの髪の毛を掬われたせいか一気に体温が下がって、目が点になる。


「ううん!イゾウは遠回しな感じが凄くナイスガイだと思う!ナイス!ナイス遠回し!」


色気を帯びていく空気を断ち切るようにパチパチと大きな音を立てて手を叩く。
もうこれ以上は耐えられないと立ち上がろうとした瞬間、櫛に引っ張られて上を向いた顎をイゾウに掴まれた。


そしてベロンと目玉を舐められた。


「〜〜っ!?」


声にならない悲鳴。そして何かに助けを求めるように空中でもがく指先がかきむしるように痙攣する。


「名無し、」

「ヴアーっ!あー!」


艶かしい声で名前を呼ばれて、思わず低く叫んでそれを掻き消した。

少しでもこんな兄貴がいたらよかったなんて思ってしまった自分を呪いたくなる。
イゾウは蓼を食うほどの悪趣味だとを言うことを忘れていた。


「悪趣味じゃねェよ」

「隠して!!隠して!そういうの見えるともうダメ!私そういう雰囲気を感じ取ると死ぬ!」

「大人にならねェな、お前も」

「私はいつまでも夢の住人でいるんだ!大人になんてならないんだ!」


わしゃわしゃと髪を掻き混ぜて悲鳴を上げた名無しは、ドンドンと床を両拳で殴り付ける。
床に落ちていた髪の毛まみれになってぜいぜいと息を切らせる名無しに、イゾウは諦めたように短くため息を吐いて笑った。














確証バイアス


「そうだ、死んだら目玉寄越せ」

「おーけー。死んだら好きにしてくれ」




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