「こっちがシャチでこっちはペンギンだ。シャチは息をするようにセクハラするから気をつけろ」
「ちょっ、キャプテン!シャレにならないこと言うの止めてくださいよ!」
シャチと呼ばれた男は何度か事務所で会ったことがあった。焼きそばパンが絶品のハートのパン屋さんの従業員だ。
ペンギンと呼ばれた男も同じくハートのパン屋さんのエプロンを着けていたのでシャチ同様、従業員なのだろう。
「名無しさんのおかげで掃除しろの電話が来なくなったんで助かってます」
シャチが必死にローに訂正を求めている横で、ペンギンは慣れた様子で握手を求めてくる。
その手を取ると、結構がっちりと握手をされて頭を下げられた。
ローが以前人が通るところだけは後輩に掃除を頼んでいると言っていたが、ペンギンが呼び出されて掃除をさせられていた本人らしい。
あの事務所を掃除していたと言うだけで仲間意識が芽生えるから不思議だ。
適当に挨拶を終わらせた頃、丁度最初に頼んでいたビールがテーブルに届き、乾杯をする。
今日の集まりはローがデザイン賞を貰ったお祝いをする為の会だ。
本当は様々な会社の社長レベルの人たちに誘われていたのだが、それを蹴ってこの小さな居酒屋でのお祝いを選んだ。
それほどに大切な友人なのだろうと思う。
ローが誰かとこんなに親しげにしているのは見たことがない。
「ローさんがこんなに楽しそうにしてるの初めて見ました」
わいわいと言い合いをしているローとシャチを見てポツリと呟くと、シャチが一瞬固まって、ローとペンギンの顔を見て瞬きを数回繰り返した。
「楽しいのはキャプテンだけですよ!変態扱いされた俺はやるせないっすけどね!」
「可愛がってやってるんだろ」
「誤解を招きそうな言い方は止めてくださいよー」
口を尖らせながらビールを呷るシャチに、ペンギンとローはうっすらと笑みを浮かべていた。
よくからないが、いつもこんな感じのスタイルなのだろうと思う。男同士のノリ、というかなんの気兼ねもない、ある意味羨ましくなる。
「キャプテンと名無しって付き合ってるんですか」
「なかなかストレートに聞いてきますね。さすがローさんのお友達」
突拍子もない話をいきなり振られて、だし巻き玉子に伸ばしていた手がピタリと止まった。左薬指の指輪を見ての質問なのだろうが、正直な話名無しにも付き合っているのかわからない。
一緒に住んではいるが、そういうようなことは一切ないのだ。もう女として自信を無くす。
「だって一緒に住んでるんですよね?別にそんなに驚く話題でもない気がしますけど」
大きな唐揚げを口に突っ込んだシャチは、名無しとローを差すように箸の先を向けた。
そんなシャチの行儀の悪さを見るに見かねたペンギンが肘で小突く。
「簡単に言うと、社員以上友達未満的な」
「え?それただの顔見知り……」
色々と考えてみたが、どう考えても友達以上とは言えない状態。住み込みの社員でしかない。
ペンギンが気の毒そうな顔をしていたが、名無し自身はあまり気にしてはいない。気にしたって仕方がないのはわかっているし、憧れを持っていられるだけでも幸せな方だと思っている。
「キャプテンの鬼畜……」
名無しの答えが思ってもみなかった答えだったらしく、シャチとペンギンが気まずそうに顔を合わせた。
さっきまでの盛り上がりが嘘のように静まりかえって、気まずさからかみんなビールに口を付ける。
「でもなかなか上手くいってる関係ですよ?ね、ねぇ?」
助け船を求めるように、梅肉入りの小鉢を箸で突っついていたローに無理矢理話を振る。
ロー本人は特に気にしていなかったのか、ああと適当に相づちを打った。それから何かを思い出したように口を開く。
「こいつが資格を取れたら結婚する」
突拍子もないローの言葉にシャチとペンギンがぶーっとビールを吹き出した。
揚げ豆腐を食べようとしていた名無しも口をあんぐりと開けてローの方を見る。
「え!?なんですかそれ!は、は、は、初耳なんですけど!?」
「だから今言っただろ」
ガタガタと立ち上がって狼狽える名無しにたいして、ローはさらっと言ってのけた。
こんなことで狼狽える自分が悪いのかと思って、前に座っているシャチとペンギンを見ると、気を使ったような笑顔で返された。もうどうしたらいいかわからない。
「お、おめでとうございます」
「え?あ、ありがとうございます」
ペンギンがお祝いムードに持っていこうとしてくれているのだが、正直手放しでは喜べない状態だった。
「梅干しやる」
「……」
状況についていけない名無しをスルーしたローは相変わらずマイペースで、長芋の梅肉和えを名無しの前に置いた。
寅の甘噛みは危険
「昔からこんな感じですか」
「まあ、昔からこんな感じです」