海軍本部に貴族の船が寄ったのが事の発端だった。
無茶な航海をしたのかなんなのかは知らないが、舵が壊れた挙句燃料がなくなったらしい。

操縦士も航海士も当たり前だが一流の人間しか雇っていない筈だ。粗方貴族のわがままを叶えるために無茶な航海をしたのだろう。

頼む側のクセに上から目線で命令して降りていった貴族を思い出した名無しは小さく舌打ちをした。


「あの豚貴族、いつか丸焼きにしてやる」


忌々しげに舌打ちをした名無しは掃除をしていた客室の壁を思いきり蹴った。
それが不幸の始まりだった。


ガンッと一瞬揺れた壁の向こうからズルッと何かがずれるような音がして、続けてがしゃーんと何かが割れた音がした。
結構でかいものが割れた感じだ。


「うわああっ!」


そして聞こえたのは隣の部屋を掃除していたコビーの悲鳴。
変な話だが、何となくコビーの声で被害が結構酷い事になっているんだなと悟ってしまった。



あとはもう全て想像通り。
割れてしまった花瓶と絵画を片付けて貴族に謝りに行ったが、怒りのあまりなにを言ってるかわからず、ただただ顔の赤い豚にしか見えなかった。

その馬鹿にした考えが顔に出てしまったのか、杖で何回も顔面を殴られた。しかも割った本人である名無しだけではなく、その近くで掃除をしていた全員が殴られたのだから理不尽さが凄い。

一応2発目までは我慢していた名無しだったが、3発目を振り上げた瞬間、突発的に殴り返してしまった。
反射みたいなもので、特に悪気はなかったのだが、おかげで元帥室で更なる吊し上げを待つハメになってしまった。


「困りますな、センゴク元帥。海兵のシツケが貴方の仕事でしょうに」

「……」


鬼の首をとったかのように上から目線でセンゴクにそう嫌味を投げ掛けた貴族は、金属で出来た杖の先で名無しの頭を小突く。
コツンコツンと頭を小突かれる名無しを見たセンゴクは、太い息を吐き出して自らの頭を撫でた。


センゴクからも当たり前に怒られると思ったが、頭を撫でていた手でカモメ付きの帽子を取って、そのままおもむろに頭を下げる。


「わたしの部下が大変失礼した。この者には厳重な処罰を与えることを約束しよう」


思っても見なかったセンゴクの行動に名無しも貴族もあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。


「こんな薄汚いところでは気分も優れますまい。この者の処分はわたしに任せて船に戻られては」


二の句が紡げずに呆気にとられている貴族に、センゴクは穏便な笑顔を向けながら扉を開けて部屋の外に誘導する。

よくわからないまま外に誘導された貴族は、わけがわからないと言わんばかりの表情をしたまま外に追い出された。


追い出してから暫く扉の前に立っていたセンゴクだったが、貴族の気配が消えたと同時にわざとらしく息を吐き出した。


「……なにか言いたいことはあるか?」

「別に。後悔はしてないけど」

「ならいい。さっさと仕事に戻れ」


バシバシと慰めるように背中を軽く叩いたセンゴクに、名無しは数回瞬きをしてから目を見開く。
しくじったのに怒られないなんて、どう考えても不自然だ。

いつもなら殴られてもおかしくないぐらいなのに。


「どうした?もしかして死にそう?死にそうで優しくなってんの!?」

「あんなヤツ等に好き勝手やられるのは気に入らんだけだ。海兵は貴族に媚びる為にいるわけではないからな」


どうでも良さそうにカモメ付きの帽子をかぶり直したセンゴクは、もう一度大きくため息を吐いた。


「クソみたいな私の為に頭下げてくれるなんてセンちゃんマジ天使!」

「お前も一応は海兵、海兵が正義を貫ける為に指導するのがわたしの役目だ。海兵一人の為に頭を下げられずに元帥を名乗る」

「まだ話続きそうな感じ?」

「……」


説教に続きそうな予感がして口を挟むと、思いきり睨まれた。

「あ、続けていいよ。邪魔してごめんね」

「貴様はやはり減給だ」

「えっ!?ごめんって!ごめんー!邪魔してごめーん!」


ムスっとしたまま減給を告げられて、思わずセンゴクにしがみつく。
薄給をこれ以上減らされた場合、普通に死ぬ。

ごめんごめんと連呼しながらしがみつく名無しに、センゴクは眉間にシワを寄せてプルプルと震える。


「喧しい!さっさと仕事に戻れ!次したら減給だぞ!」


顔を真っ赤にしてそう叫んだセンゴクだったが、次まで減給しないなんてちょっと甘くて何となく笑ってしまった。













元帥の条件


「センちゃんマジ天使!愛してる!出来れば次も減給しないで!」

「さっさと行け!」




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