パフ、と少し掠れたような甲高い音が自転車から聞こえる。
「大将、自転車のベル変えたんですか?」
聞きなれない音に自転車をメンテナンスをしているクザンの方を見る。
書類仕事をするときはいつ始めるのかというぐらいだらだらしているが、外に出掛けるときの支度はやたら早い。
「なんかこの形にシンパシー感じちゃってね」
オモチャのような形をしているわりには結構耳障りな音を出すそれは、警戒音としてはかなり役立ちそうな気がする。
パフパフとラッパホーンを鳴らずクザンはどこか楽しげで子供っぽく見えた。
「大将って意外と子供っぽいですよね。ソレにシンパシーって」
メンテナンスが終わるのを待っていた名無しは、飽きれ気味に笑う。
海軍の最大戦力の一人が、自転車のラッパホーンを楽しそうに鳴らす姿なんて、なかなか見れるものじゃない。
「あらら、名無しちゃんはこの音嫌い?」
メンテナンスが終わった自転車に跨がったクザンはもう一度ラッパホーンを鳴らす。今度はパヒュ、と少し外れた音が出た。
その音に急かされるように自転車の後ろに乗り込んだ名無しは、いつものように後ろ向きに乗って足を抱える。
簡単そうに見えるが、進行方向に背中を向けて乗るのは意外と難しい。
「出発ー」
名無しが乗ったのを確認したクザンが、相変わらずやる気のない声で言う。
「進行ー」
同じく似たよなテンションで返すと、パフとラッパホーンがなった。
よくわからないが何となく笑いが込み上げてきて、ふふふと肩を揺らすと、背中越しに笑いが伝わったのかクザンも笑っているような気がした。
「平和そうな音でいいよね」
ガタガタと自転車が揺れて、海にそのまま飛び出していく。
最初の頃は驚いていたこの能力も、今はもう当たり前のような光景になってきた。
昨日まではチリンチリンとなっていたベルの音も、そのうちこの情けない音が当たり前になっていくんだろう。
「今日はいい天気ですね、大将」
「絶好のサイクリング日和だよね」
「仕事ですよ、仕事」
どこか飛んでいったクザンの気持ちを引き戻すように呟くと、クザンのかわりにラッパホーンがプァーと変な音で返事をした。
「大将に似てますね、そのラッパホーン」
「んァー、それって褒め言葉?」
「さあ?でも私はこの音は嫌いじゃないです」
「あらら、随分と嬉しいこと言ってくれるじゃあねぇの」
「だからご飯奢ってください」
空を仰ぐようにクザンの背中に頭を預けた名無しに、クザンは珍しく声を上げて笑っていた。
青空サイクリング
「名無しちゃんはオジサンを操るプロだね」