「名無しはまだ戻って来ねぇのかよい」
苛々したように貧乏揺すりを繰り返すマルコに、他のクルーが顔を見合わせながら首を傾げた。
出航予定の時刻はもうとっくに過ぎているというのに、クルーの一人が帰ってこないのだ。
しかもそのクルーというのが毎回毎回こうやって出航時刻に遅れて帰ってくる。
次遅れたら外泊禁止だと注意したにも関わらず、今回も帰ってこない。
もうここまでくると自由人過ぎて怒る気にもならないから不思議だ。
「マルコー!名無し帰ってきたぞー!」
名無しが帰ってくるのを待っていたエースが大声でそう叫ぶと、何故か笑い声も一緒に聞こえた。
「名無しがまじめちゃんに追いかけられてる」
ケラケラと面白そうに笑うハルタの声の合間に聞き覚えのあるような名前を聞いてため息を吐く。
まじめちゃんと呼ばれたその女は、真面目すぎて四皇だろうがなんだろうがお構いなしで捕まえようとしてくる変な海軍の女だ。変に真面目なところが気に入ってしまった一部の家族からまじめちゃんと呼ばれて遊ばれているある意味気の毒な女だ。
「何回言ったらわかるんですか名無しさん!許可なしで露店はダメです!もう24回目ですよ!」
「まじ子シャラーップ!いちいち口煩い!」
「私の名前は名前です!これを言うのはもう71回目ですよ!」
からかうように耳を塞ぎながらタラップを駆け上がってくる名無しは、タラップを登れずに立ち止まる名前を振り返ってベッと舌を出した。
一度登ってこようとしたのだが、名無しに不法侵入だと怒られてからは下でストップするようになった。
名無しも馬鹿だが、名前もまた違う馬鹿だ。
「名無しったらまじめちゃんいじめたら斬り捨てるよ、本当」
「いじめてないし!目の敵にしていじめてくるのはあっちじゃん!?」
タラップを駆け上がって来た名無しの脇腹をハルタがドスっと刀の鞘で突っつく。
身体を反らしながらタラップ下で立ち止まっている名前を指差す名無しに、下から「私の名前は名前です」と控えめに声がした。
「名前は唯一の妹みたいなもんだしな」
いつの間にか外に出てきていたサッチが、船からひらひらと名前に手を振ったりしているくらいだ。完全に海軍扱いされていない。
「お前らの妹はいるだろ!とびっきり活きのいいのがここに!ちょっ、ハルタ!もう突っつくの止めて!結構肋骨に響いてるから!」
名前を見て和んでいたエースとサッチに食って掛かる名無しだったが、ハルタに突っつかれているせいでそれどころじゃないらしい。
「お前は活きが良すぎる。血抜きしてやろうか」
「サッチの血抜きって即死じゃん!」
名無しが帰ってきた瞬間に、ギャーギャーと煩くなる甲板にマルコはこめかみを押さえるように頭を抱えてため息を吐いた。
うちの妹
「バナナのお兄ちゃーん!助けてよー!他のお兄ちゃんが訳のわからないどこの馬の骨かわかったもんじゃない海軍のまじめちゃんにメロメロで可愛い妹を庇ってくれないよー!」
「そうかい。じゃあ兄貴である俺が可愛い妹であるお前に、人生の教訓をみっちり指南してやるよい」