「名無し知らねぇ?」
キョロキョロと辺りを見渡しながら首を軽く傾げるサッチに、パズはあーと間延びしたような声を出して目を泳がせた。隣にいて饒舌に話をしていたフィリも、パズの方をちらっと確認してから口を噤んだ。
「……お前なんか知ってるだろ。言わねぇと出汁が出るまで締め上げるぞ」
にっこりと笑いながらパズの肩を叩いたサッチは、そのまま肩をギリギリと掴む。
「いっ!いいただだだっ!」
骨に食い込んでいく指に悲鳴を上げるパズはバシバシとテーブルを叩く。
それを周りは微妙そうな顔をして見ていた。
どうせ名無しが避けているのはマルコかイゾウが企んだ事だ。
サッチにつくか、マルコかイゾウにつくか。賢い選択は間違いなくどちらにもつかずに知らないフリを貫くことだ。
気持ちはわかるが、はいそうですかと引いてやるほど大人ではない。
「あ、虫見っけ」
微かに音を立てて飛んでいる虫を目敏く見つけて、見逃さないように目でそれを追う。
そのはずみでパズから手が外れて、安堵の息を吐き出したのを感じた。
小さな虫を追いかけて歩いていると、虫が不審な動きをしだす。大方本体の名無しが虫の目を通じてつけられていることに気がついてテンプテーションを切ったのだろう。
「……」
あからさまに避けられているのは正直、気持ちいいものではない。
思わず舌打ちをして苛立ちを露にすると、さ迷っていた虫がピトっと腕に止まった。
虫はアドレナリンに敏感に反応しやすいらしく、行き場を無くした虫達がアドレナリンがより分泌されている自分の方に集まってきだす。
ものの数分で腕には虫がびっしりと集まっていて、とんでもない数になっていた。
それだけムカついているということなので、クルー達も虫だらけになっていく自分を遠巻きに見ている。
あまりに腹が立ったので虫達が集まりやすい甲板に陣取って虫を集めるだけ集めることにした。こうなったら名無しを誘き寄せる方が早そうだという結論に至った。
小一時間経った頃には、かなりの数がサッチを取り囲んでいて、とまる場所がない虫が周りを飛んでいるような状態になった。
そんな状態の虫が、一気にサッチの身体から離れて怒濤のように飛んでいく。
「かくれんぼは楽しかったか?」
思ったより低い声が出て、自分でもびっくりしたが、そんな自分よりも名無しの方がかなりビビっていた。
一気に虫を身体の中に取り込んだ名無しは気まずそうに目を反らしながら適当に頷く。
「隠れてたっていうか、ちょっとしたその……悪戯心っていうか」
あはは、と笑って誤魔化そうとする名無しだったが、逃げられないと悟ったのか小さな声でごめんと呟いた。
「最初マルコに言われたときは嫌だったんだけど、サッチが探してくれるのが嬉しくてちょっと調子に乗った、かも……」
ごにょごにょと語尾を弱めていく名無しに盛大にため息を吐いたサッチは、がしがしと頭を掻いた。
「なにその100点満点の答え。絶対にマルコの入れ知恵だろ」
名無しがこんなに乙女な訳がない。どう考えても怒られたとき用にマルコが用意していた答えだろう。
「やだー!お兄ちゃん怖いー!」
「それはイゾウが考えたやつだろ」
演技染みた名無しの後ろにイゾウとマルコの影がチラつくのがムカつくが、苛々自体は顔を見た瞬間に治まったので結局は3人の思惑通りなのだとは思う。
絶望的にキミ不足
「なんで変な入れ知恵すんだよ。名無し切れで死ぬかと思ったんだけど」
「そのまま死ねばよかったんだよい」