いきなり船が揺れだしたかと思うと、モビーはゆっくりと動き出していた。
碇は下ろしてはいたが、モビーのような大きな船に引っ張られたら碇なんておもちゃみたいなものだろう。簡単に引きずられてしまう。


モビーから受ける波を回避すべく慌ててモビーと繋がっていた縄を解き、碇を上げてエンジンをかける。
ログの状況や方角から次の島の見当は簡単につくし、いざとなったら海軍の見張り船を探せばいいだけだ。

世界最強と呼ばれる白ひげ海賊団には常日頃から海軍の見張り船が張り付いている。
勿論四皇である他の海賊団にも見張りはついているが、数だけで言えば白ひげ海賊団が一番だ。


名無しもその見張り船に何度か乗ったことがあるが、特になにをするわけでもなく海の上でのんびり過ごし、たまに島に上がってわいわい騒いでまた海に戻っていく。これの繰り返しだった。
海賊の割には島の住民達からの評判もよく、そして海軍よりも海賊である白ひげのマークを治安の為に掲げる島も少なくない。

海軍に入りたてだったころはそれが不思議で不思議でならなかったが、今はもうそれほど違和感を感じることがなくなった。

悪自体が他の悪を抑制することもある、それを認めることが出来るようになるまでかなり時間がかかった。
スモーカーには理解できるようになっただけマシな方だ、と笑われた。


少しだけ小さくなったモビーをぼんやりと見ながら頭に浮かんだ情景を振り払うように頭を左右に軽く振ってから短く溜め息を吐く。
割り切れと言われても割り切れないことが人間には存在する。

その基準は人それぞれだが、名無しが理想としていた正義は海軍にはなかった。


背後からは静かに、一定距離を保ちながら海軍の見張り用の軍船がついてくる。
名無しは一応海賊になる予定ではいるのだが、正確にはまだ海軍を辞めて船旅をエンジョイしている一般人に過ぎないので、今はなんら危害を加えられることはない。
それでももし白ひげの乗るモビー・ディック号がなんらかの事件を起こせば、こんなちっぽけな船は無視で総攻をするのだろう。

上司が命じれば部下はそれが正しいのか間違っているのかも考えてはいけない。


無意識に握り締めていた手のひらから血が滲む。
剣を握り、銃を握り続けてタコだらけになっている硬い手のひらからも未だに血が流れ続ける。

穏やかな海の上で地平線が赤く染まったような気がして、強く目を閉じた。



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -