地平線から朝日が漏れだし、光の線が美しく光る。島は激動の一夜に未だ疲れていて酷く静まり返り、動物の声さえしない。

ただ海の音だけが辺りを満たし、揺らいでいる隙間だらけの名無しの心に響いてくる。


目の前にある船は、いざというときにスモーカーを呼び出したときにサッチにあげると約束した船だ。
スモーカー曰く、盗もうとしていたから押さえたと言っていたが、そんな都合のいい偶然なんてないような気がする。


夜が完全に明ければ、船は海軍に押収される。そしてまた慣性で書類をこなして疲れて眠るだけの生活に戻ることになる。


後ろの島を振り返ることはせず、名無しは強く拳を握り締めたまま船に飛び乗った。

驚いたことに、住人を裏切ったのにも関わらず、罪悪感は然程感じなかった。


気持ちが怯んでしまう前に船を点検するために早足で船の中を見て回る。
ちゃぷんちゃぷんと波に揺れる船はやけに心地よく感じた。



船内に入ると仄かに煙草の香りがして、サッチが面倒そうに船の中を徘徊しているのが容易に想像できた。葉巻を吸うスモーカーである可能性もあるかもしれないが、煙草の独特の苦い残り香がサッチであることを教えてくれる。


正常に動き出したエンジンの音を確認すると、名無しはロープを外す為に甲板へと出た。
さっきまで見えていなかった太陽が顔をだし、島に光が当たり出している。
逃げるように急いでロープを外して船に乗り込んだ名無しだったが、遠くの方で動くなにかを視界の端に見つけて島に視線を戻す。

そこには町の住民数人が集まって名無しにむかって手を振っている姿があった。


「おばさん…、みんな」


自然と溢れた言葉に、ボロッと大粒の涙が落ちる。
後悔なんかしていないはずなのに落ちてしまった涙は、それ以上出ることはない。


遠くで見送ってくれていることが、まるで祝福してくれているようにも思えて、大きく手を振り返した。

ゆっくりと動き出した船は止まることはなく、徐々にスピードをあげていく。
少しずつ小さくなっていく人影に、名無しは見えなくなるまでずっと手を振り続けた。



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