風がない上に湿気ているせいか、紫煙がサッチにまとわりついているようにみえた。
「サッチ、お前タバコ吸いすぎだろ」
「酸素みたいなもんなんだよ、俺にとっては」
これでもかといわんばかりにペンキ缶に詰め込まれた煙草の吸い殻に視線を一度下ろしたサッチは、ため息のように深く紫煙を吐き出した。
「後悔してんだろ」
「あ?何がよ」
「名無しのことに決まってんだろ!」
ぼんやりと煙草を吸い、紫煙を吐き出すことを繰り返しているサッチに、エースは呆れたように眉間にシワを寄せた。
協力してくれと言われたときにはそのまま引っ張って仲間にする気なんだと思っていたが、サッチはあっさり引き上げてしまったのだ。
困惑はしたが、イゾウもラクヨウもサッチの考えていたことがわかっているかのように引き上げてきたので、同じように引き上げてきた。
「あー…まじめちゃんがなんだって?」
「だからさぁ、置いてきて後悔してんだろって!俺はてっきり」
「全然」
「てっきり……は!?」
「後悔なんてしてねェけど。元々置いてくるつもりだったし」
濃い紫煙を吐き出したサッチは、何を言ってるんだと言わんばかりに首を傾げて目を細める。
馬鹿にするように持ち上げられた眉に、エースは言葉を飲み込んだ。
ダルそうにしていたので、てっきり名無しを連れてこなかったことを後悔しているのかと思ったのだが、サッチはそんなことは全く気にしていないらしい。
「じゃあなんでそんな落ち込んでんだよ」
「久しぶりに戦闘に参加したら身体がめっちゃダルい」
「発言がもうオッサンだな、サッチ」
「俺はもう立派なオッサンだっつーの」
船縁にもたれ掛かったままスパスパと煙草を吸うサッチの口元では踊るように煙草が上下に揺れていた。
サッチの考えていることはいまいち理解できない。
一番名無しのことを気にしている割に、一番名無しを突き放している。
「オッサンってのは考えることがややこしいんだな」
「だな。俺も若けりゃ……いや俺は若くてもお前みたいに馬鹿じゃなかったからややこしくしてた自信があるわ」
「悪かったな、馬鹿で」
フィルターの根元ぎりぎりまで存分に吸い込んだサッチは困ったように笑いながら、慰めるように二回肩を叩いた。
「さて、飯作ろ」
「肉頼む!」
「馬鹿、野菜を食え」
無造作に捨てられた煙草の吸い殻は、ペンキ缶に入りきれずに床にコロコロと転がった。