「お前らはそっちに回り込め!」
石畳の町中を駆け回る海兵の足音が響く。
しらみ潰しに民家を捜索して回る海兵達を窓から確認すると、名無しはスモーカー宛の封筒をサッチに差し出した。
「なに?」
興味なさそうに煙草に火を点けたサッチは、視線を軽く封書に向けて紫煙を短く吐き出した。
「本当はクーに頼もうと思ったんですけど、そんな暇がなさそうなので。もしものことがあったら、これを海軍本部のスモーカーに届けて貰えませんか?」
「もしもって?」
「政府に揉み消された時のことです」
「俺がタダで手助けする善人に見えるって?」
「私の船、売ってくれて構わないです。この間買ったばかりなので結構高値で売れます」
「……」
「よろしくお願いします」
有無を言わせない態度で半ば無理矢理封筒をサッチの胸の辺りに押しつけると、くしゃっと潰れるような音がした。
徐々に近づいてくる足音に高鳴る緊張感が、怖いながらも清々しい感じがする。
「俺、家族以外からお願いされんのスゲー嫌い。図々しいと思わねェの?」
嫌悪感むき出しにそう言ったサッチは、短くなった煙草を封筒に押し付けた。
煙草から移った火がチリチリと円を描きながら封筒の中心を燃やしていく。
暫く燃えたところで封筒から火が上がり、名無しが唖然としている間に灰になって床に落ちた。
「死にそうになったら俺を呼べよ。約束は守って貰うけどな」
「……サッチさんってなんでそんなに」
海軍に戻そうとするんですか、と聞こうと思ったが、そんな悠長に話している暇がないことを慌ただしい足音が告げていた。
「呼びませんよ?」
「いーや、今のお前なら間違いなく呼ぶね」
開けっ放しになっている窓から海兵の声が聞こえてきて、ドアノブに手をかける。
海軍に戻されるのがわかっていて助けを求めることなんてないとは思うのだが、サッチは未来でも見ているかのようにそう断言する。
窓から入り込んでくる西日のせいでサッチの表情は見えなかったが、何処と無く楽しそうに見えた。