ガサガサと盛大な音を立てて逃げる名無しの手には、鉱山に関する書類が手当たり次第に握られていた。
大佐の部屋の窓を割って忍び込んでいるので、もうコソコソ逃げてもなんの意味も成さないことは明確。
町の人間にも朝伝えてあり、既に島のもぐらの穴に逃げている。
町は既にもぬけの殻。
海軍が追いかけてきても町に被害が出ないようにしている。
発掘の為に掘られた穴の中は迷路のように広がっており、働いている人間でもない限り迷って出てこれなくなってしまう。
そんな穴に明らかに人手不足の海兵は入ってはいかないだろう。反逆者が町にいるとなれば特に。
借りていた部屋に駆け上がり、持ってきた書類を広げて中身を確認する。その中から必要なものだけを抜き取っていく。
当たり前のように部屋に入ってきたサッチは、部屋の中に散乱した書類を拾い上げて、短く鼻を鳴らした。
「政府や海軍本部なんかに訴えでても無駄なんじゃねぇの?お前が思ってるより世界は汚ねェのよ」
言い聞かせるように穏やかに言うサッチに、名無しは小さく笑って見せた。
「サッチさんが思うほど世界は汚くないですよ」
「へー」
「私の元同僚やサッチさんの家族がいる世界がそんなに汚いわけがないじゃないですか。だから無駄にもならないです」
サッチの手から書類を抜き取ると、サッチは訝しげな顔で首を傾げた。
「まじめちゃん馬鹿に拍車がかかったんじゃね」
「緊張しすぎてそうかもしれないですね」
盛大に呆れたような声を出したサッチに、名無しは乾いた笑いを漏らしながら書類を纏めて封筒に突っ込んだ。
一つは政府、一つはスモーカーのところに。
もし本部がダメでも、スモーカーならばなにか動いてくれるはずだ。
厳重に封をした書類を持ち上げたその瞬間、支部の緊急警報が鳴り響く。
島の隅々にまで響いたその警報のせいで、空気が少しだけ張り詰めたような気がした。
「サッチさんは早く島から出てくださいね」
「心配してくれてんの?」
「そうですって言いたいところですが違います。海賊といるところを見られたら直訴した時に信用がなくなりますから」
「あー、そう」
素っ気ない名無しの言葉にガリガリと頭を掻きむしったサッチは、落ちてきた髪の毛をかきあげながら短く笑った。