政府に陳情するためには悲惨な現状と、海軍と海賊の癒着を明確に示す証拠が必要だ。
変な話だが、不正を訴えるには命がけと言ってもおかしくない。

下手なことをしたら反政府運動と勘違いされ、島ごと潰されてしまう可能性があるからだ。

かなりのリスクがあるため、住民全てが納得してくれないといけないし、一朝一夕で出来ることではない。


薬屋のおばさんが鉱山で働く数人の男達を説得してくれて、これから他の住民にも話をしてくれると言ってくれた。

本来ならば、言い出した名無しが話をしにいくべきなのだが、島を暫く離れていた女で、しかも元海兵となると、今回の話は同意が求めにくいと踏んだ。


「名無しちゃん、気を付けるんだよ。わたしはもうこの島で誰かが死ぬのは見たくないんだ」


心配そうに手を握ってくる薬屋のおばさんの手は相変わらず震えていて、なんとも言えない罪悪感に駆られる。
海軍を辞める前に一度島に帰ってくればよかった、としょうもない後悔が頭を過っていく。


「大丈夫だよ。私は大丈夫。それよりおばさん達も気を付けて。本当は私がやらなきゃいけないことなのに」


握られた手の上から握り返すと、シワが寄ったおばさんの顔が悲しそうに歪んだ。
その悲しそうな表情がなにを示すものなのか理解できずに、強く手を握る。


「ばかねぇ。わたし達はこの島で育った家族みたいなもんじゃないかい。家族の為に立ち上がる子だけを見殺しになんて出来る筈がないだろ」


おばさんは死ぬときはみんな一緒だよ、と笑いながら握っていた手の甲をペチペチと力なく叩いた。


「家族……」


おばさんの言葉に脳裏に過ったのは、あの憧れの大家族の後ろ姿だった。
おばさんの言っていることは理解できるけれども、家族だから危険に晒していいと言うわけではない気がする。

こういうときに、なんて返せばいいのかわからない。


きっとエースがこの場にいたら、また馬鹿だと笑われてしまうんだろう。


「あの、行ってきます」


気の利いた言葉が出てこずに、おばさんの顔を直視できないまま手を離す。


「行ってらっしゃい」


振り返ることは出来なかったのでおばさんの表情は見ることは出来なかったが、心なしか嬉しそうに聞こえた。


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