気がついたらどこか知らない宿にいた。
覚えているのは嫌そうな顔をしたマルコと、呆れたようなサッチの顔。


受け取った財布とレイピアはサイドテーブルに乗っていて、怪我をしていたはずの頭には包帯が巻いてあった。
ゆっくり起き上がると、思いの外頭を強く打ったらしく吐き気がした。

諦めたようにもう一度ベッドに寝転がり、ゆっくりと目を閉じて静かに深呼吸をする。
前の客の名残か、微かに煙草の匂いがした。


「……」

「……真面目ちゃんよく海軍で生き残れたな」

「うぇっ!?」


完全にリラックスモードになっていた状態で部屋の中に低い声が響いて、驚きのあまり全身の筋肉がびくりと跳ね上がった。

「い、一応これでも中尉だったんですよ。私が弱いというよりはサッチさんの強さが桁外れなんです」


誰よりも忠実に訓練を繰り返した名無しは、上官からの信頼も厚く、位を上げるのは同期の中でも一番早かった。
海軍で将校クラスになるためには上官から強い信頼を得るか、飛び抜けた強さを持っているかのどちらかだが、名無しの場合は前者だった。

同期の間では女特有の武器を使ったなんて陰口を叩かれもしたが、あまりにも頭の悪い陰口に反論する気にもなれなかったのを思い出す。


そんないざこざの中で生きていたせいか、わりと強くなったと思っていたわけだが、今そのささやかな自信が自分の中で大きく音をたてて崩れていった。
井の中の蛙とはまさにこのことだろう。


「真面目ちゃんはつくづく海賊には向いてねぇよな」

「おっしゃる通りです。色んな人に言われますけど諦める気はないですよ」

「いいんじゃねぇの。俺は別に諦めろとは言ってねぇし。諦めが悪いやつは嫌いじゃねぇよ」


少しぐしゃぐしゃになった煙草を伸ばしながら火を点けたサッチは、眉間にシワを寄せたままシニカルな笑みを浮かべる。


海賊らしいその表情は少し前までは捕まえるだけの対象でしかなかったが、海軍を離れて改めて見ると最も人間らしい表情に見えた。


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