鼻につくのは濡れた草の匂いと、泥の匂い。
目が覚めたばかりなのに気が遠くなるのは、多分頭から血が流れ出していたせいだろう。
「……っう」
ズキズキと痛む後頭部に触れると、既に出血は止まっていてがびがびに固まっていた。
周りに気配がないことを確認してからゆっくりと身体を起こすと、より頭の痛みが増した。
腰に差してあったレイピア、財布、その他金目のものは全て持っていかれていたが、命があっただけマシだと思うべきなのだろう。
頭を殴られた瞬間に死を覚悟したが、そこまで度胸のあるやつらではなかったらしい。
普通なら再起不能になるぐらいに叩きのめすか、殺してしまうかだ。報復なら特に。
今回ばかりは相手が腑抜けだったことに感謝する。
それでもやはり数発は殴られたせいか身体は痛い。
服の上から触れただけでも痛いので間違いなく打撲痕は強く浮き出ているのだろう。
「油断したなぁ……海兵のときは襲われることなんて殆ど無かったから」
海兵時代は追いかけることはあっても追いかけられるようなことはなかった。
いくら追い剥ぎや盗賊でもわざわざ海軍に喧嘩を売るような人間には会ったことがない。
痛む身体を引きずって建物に寄りかかって再びずるずると倒れ込む。
ゆっくりと息を吸い込むと、肋骨辺りにズキズキと鈍い痛みが走った。
今までどれだけ海軍という組織に守られてきたのかが身に染みてよくわかる。
望むように海賊になれたとしても、こんなことに加えて更に海軍にも追われるハメになるんだと思うと、些か考えが甘かったようにも思えた。
もう少し物事をシビアに考えないと、海賊になる前に死ぬことすら考えられる。そんなことを建物の隙間から見える澄んだ空を見上げながらぼんやりと考えていたが、人の気配がして路地の方に視線を移した。
「……意外と元気そうだよい」
「そいつはよかった」
たいして感情のこもっていない声で短く会話をした二人は、持っていたレイピアと財布を名無しの足元付近に投げて寄越した。
少し薄汚れてはいるが間違いなく追い剥ぎに取られたであろう名無しのものだ。
「情けは人の為ならずってのはこのことだな」
「この場合はラクヨウが原因だから情けが仇になったって言うべきだろい」
ぐったりとしている名無しを後目にサッチとマルコはなんだかフランクな感じで話をしていた。