「あらら、名無しちゃん帰ってたの?」
「さっき帰ってきた」
霧雨に打たれ、しかもそれが潮風で乾かされたせいか身体中が痒くて嫌になる。
強く掻いたら塩が出来そうなぐらい身体が塩っぽくなってしまっている。
早くシャワーを浴びて寝ようと思ったのだが、ダルメシアンがクザンの仕事の進みの悪さに嘆いていたので少し様子見にきたわけだ。結果は思ったよりも進んでなかった。
それどころか2日前に見たような書類が未だにサインもないまま放置されている。
これは嘆きたくもなるだろう。
サカヅキは他人にも厳しく自分にも厳しいタイプで、仕事は淡々と一人でこなすし、ボルサリーノも期限はきちんと守るタイプでわりとデスクワークも出来るらしい。
それなのにクザンときたら期限は守らない上に姿も眩ます。放っておけば大将の広い部屋はあっという間に書類で埋まってしまうだろう。
だがふらふらと散歩ばかりしている為か、他の二人に比べたら正義の価値観が庶民に近いような気はする。これはあくまでも主観だが。
「ダルちゃんがもじゃ男が仕事しないって泣いてたよ」
「そりゃあ心外だな。俺なりにちょっとずつ進めてるよ」
クザンのちょっとずつと言うのは正に事実なんだろう。普通は謙遜なんかが入っていてその量はいまいち汲み取ることは難しいのだが、クザンがちょっとと言うなら本当に数枚をちょいちょい終わらせた程度なのだとわかる。
もう事務代行を雇うべきだ。
こんな仕事、別に本物がしなくてもある程度事情を把握していればなんの支障もなくこなせる。
「それ俺も思うんだよね。偉くなって仕事が増えたら誰も偉くなんかなりたがらないじゃない」
「仕事の真理みたいに語るな!偉くなって権力を握るやつが忙しいのは当たり前だろ!私なんか偉くもないし権力もないのに馬車馬の如く働いてるんだぞ!わがまま言うな!」
やだやだ、と肩を竦めるクザンはもうすでにやる気がないのか名無しの怒鳴り声すらシャットアウトしてお気に入りのアイマスクを装着した。
「ちょっと聞きなさいよ!今の会話の流れでなんで寝ようとすんのかがホントわかんない!」
少しでも耳に入っていれば普通はこの流れで気持ちだけでも仕事をするだろう。空気は読まない主義の名無しですら多分多少は気まずさがあって仕事をする。
それなのに目の前の男と言ったらポーズすらも取らない。
自由な大将、夢を見る
「名無しちゃん羊数えてよ」
「眠くないなら仕事しろよ」
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