「……理不尽!!」
びしゃびしゃになった服を絞るだけ絞った名無しは、目の前で涼しげな顔をしているクザンを睨み付けた。
ついさっきまでは本部に帰るために順調に自転車に乗っていたのだが、あまりにも暇過ぎたのでちょっと氷の上に降りて走ろうと思ったら足元の氷が崩れて海に落ちた。
「暴れたら落ちるよって言ったのに暴れるからでしょうが」
呆れ気味のクザンだが、まさかそんな簡単に割れるとは思わないだろう。
今まで普通に自転車が走っていたところがそんなに脆いとは普通は思わない。絶対思わない。誰がなんと言おうと思わない。
「思わないのは結構だけど人を巻き添えにするのは止めてよ。オジサン危うく死ぬところだったんだよ」
「あーあーみたいな顔で人を見てるからだろ!自業自得だ!こっちは完全に死ぬところだったから!!」
泳げないわけではないが、いきなり海に落ちてパニックになり少し溺れかけた。
それをクザンがあからさまに面倒そうな顔で見ていたので腹が立って足を掴んで引きずり落とそうとしたのだ。
まあ、引きずり落とされるほどクザンもバカではないし、作戦は失敗したのだが、さすがに足首を掴まれた時のクザンは若干顔がマジでちょっとびっくりした。
「海軍大将殺そうとするのは一部海賊と名無しちゃんぐらいのもんだよ」
「なにそれ凄く特別な感じがして気持ちがいい。これってもしかして恋?」
ふふ、とわざとらしく頬に手を添えてクザンをちらちら見てみる。普通ならどつかれるレベルのおふざけだが、クザンにそれは通じそうもない。
どうでもよさそうな顔で「そうだね」とだけ頷いたので、「そんなわけあるか!」と自分で思いきり突っ込みを入れてしまった。
覇気がないというか他人に興味がない男だ。
さっき一瞬だけ垣間見えた本気の顔が嘘みたいに感じるほどだ。
今にも殺されそうなぐらい鋭い目で見下された時は、正直かなり怯んだ。一瞬だけだったが、肌が粟立って心臓が縮み上がったような感覚を身体が覚えている。
「なあに?その残念そうな顔。名無しちゃんはオジサンになにを求めてるの?」
「別に!別に求めてはないけど、さっきぐらいの気迫は常に持ち合わせておくべきだと思…」
そう言いかけていつもカリカリしているサカズキを思い出す。サカズキの場合はいつも殺気立っていてろくなことはない。
「思ったけどクザンはやっぱりそのくらいがいいのかもしれないとも思った」
「それは良かった」
適材適所
「ボルサリーノぐらいが一番いいのかな…いやでもあいつやたら蹴ってくるしな…」
「黄猿に頻繁に蹴られるのは名無しちゃんぐらいなもんだよ」
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