ちりーん、と情けないような音が海の上に響く。
長閑な景色によく似合うような使い古された自転車が、海の上を地味に走る。
遠くから見たら自転車が海の上を走っているなんて不思議極まりないのだろう。
進行方向の海を凍らせてそこを走るなんて、ヒエヒエの実だからこそ出来るファンタジーな散歩だ。
「いいねー!悪魔の実とかさ、泳げなくなるから不便になるだけじゃんっておもってたけど、クザンの能力なら溺れないしいいなぁ!」
「名無しちゃん聞こえてるから耳元で大声で喋るのは止めて」
風を切る音や、波の音で聞こえてないような気がして大声で叫んでみたが、クザンには煩かったようでぐらりと自転車が揺れる。
今まで通ってきた道を見ると、だいぶ後ろの方は溶けて無くなっている。
当たり前と言えば当たり前なのだが、初めて体験する側としてはテンションが上がってしまうのは仕方ない。
「なにあれ!ほら見て見て!すげー海王類?マジうまそうだよね!」
「名無しちゃんって基本的に食べれるか食べられないかが基準だよね」
「まぁ、世の中最終的にはそこに行き着くからしゃーない!」
遠くの方に見えた影に興奮して指を差したが、クザンにとってその光景は珍しいものではなかったらしく、ちらりと視線が向いただけで特に反応はない。
船の上から見る景色と、海すれすれから見る景色はだいぶ違ってかなり新鮮だ。空すらも違って見える。
「いいなー!私もこんな悪魔の実なら食べてみたかったわ!そしたら自由に世界を回れるのに」
自転車の後ろに器用に後ろ向きに胡座をかいた名無しは頭をクザンの背中に預けて目を閉じた。
がたがたと心地よい揺れと、ぽかぽかの陽気が気持ちが良くて意識が薄れていく。
「頼むから海には落ちないでよ。こればっかりは助けられねぇから」
「うむー…任せんしゃい!私の辞書に不可能の二文字はない」
「名無しちゃん名無しちゃん、不可能は三文字だよ」
真実はいつも私!
「たかが一文字がなんだと言うの?ブスとドブスも違いなんかないじゃん!」
「どうしたの?なんでいきなりキレてるの?」
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