船に戻ると、もう全員揃っていたのか遅い遅いとブーイングが飛んできた。
妻子持ちが多いからか早く帰りたいやつが多いのだろう。耐性のないやつらばっかりだ。
心の中で舌打ちをした筈だったが、相変わらずばっちり聞こえていたらしく後ろから頭を叩かれた。
船の出航と共にぞろぞろと船内に入っていったおじさん将校を見送った名無しは、周りに誰も居なくなったのを叩かれた頭をがしがしと掻きながらため息を吐く。
「名無しちゃん、なんで火拳逃がしたの?」
誰もいないと思っていた甲板に冷たい声が響いて、思わず名無しは肩を揺らす。
温度を感じないようなその声は、サカズキを彷彿させるような声だった。
「意図的に逃がしていい相手じゃないぐらいはわかってんでしょ」
核心を突くような言葉に何となくだが今回のエースとの出会いが意図的に仕組まれたことだったことに気がついた。
正直三大将自体性格のいいやつはいないと思っていたが、クザンも相当いい性格をしている。
そもそもついこの間入った新兵をいきなり海賊討伐に連れてくる自体が不自然過ぎだ。
逃がすかどうかを見るためにわざと放置していたと思えばしっくりくる。まぁ割とどうでもいいが。
「名無しちゃんって馬鹿だけどたまに鋭いよね」
「よく言われる。可愛いとかもよく言われる」
さっきまでどうもなかった手首がズキズキと痛み出してきた。きっと話がシリアスな方向に傾いているからに違いない。偏頭痛みたいなもんだ。
「なんで火拳逃がしたの?」
波が船体にぶつかる音が甲板に響く。船内からはご機嫌な笑い声が微かに聞こえた。
「別に理由なんかないけど?別に捕まえる必要はないって思っただけ」
傷跡をボリボリと掻きむしると、ぷつりぷつりと血が滲み出てきた。
「悪いやつを捕まえるのが正義ならエースじゃなくてあの島にのさばる能無し海兵を捕まえるのが筋でしょ」
明らかにあの島を疲弊させているのは常駐している海兵だ。
海賊は悪だ、殲滅だと声高々と叫ぶのならば身内の膿を出しきるのがさきだろう。
それをしないのは悪がいる意義があるからだ。多分。
そしてそれをよくわかってるのはクザンだと思う。
反応閾値
「反省は?」
「してない!後悔もしてない!」
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