夜になったと言うのに街に活気は戻らない。
いや、活気がないと言うよりはゴロツキばかりが蔓延っていて一般人があまりいないと言った方が正しいかもしれない。
海賊なら片っ端から殴り飛ばしてやるのだが、海賊でも山賊にもなりきれないクズみたいな奴らがごろごろいる。
「……お前、スゲー睨まれてるけどいいのか?」
「はっ!」
夕飯を食べに入った店でぼんやりとしていた名無しは、突如かけられた声にびくりと肩を竦ませた。
持っていたフォークが床に落ちて、酒場の中の温度が一気に下がる。
からん、と情けなく響いたフォークに正気に戻って声の方を見ると、隣にはいつのまにかオレンジのテンガロンハットを被ったソバカスのある男が名無しのことを訝しげに覗き込んでいた。
その男を見て一つだけ思ったことがある。
ものすごく顔が汚い。
ソバカスなのか食いカスなのかよくわからないものがついている。
「その独り言のこと言ってんだけど、まさか喧嘩売られるとはな」
不機嫌そうに顔をしかめるソバカスの男はごしごしと顔を腕で拭いながら短くため息を吐いた。
「あ、これは失礼!だって料理に顔面から突っ込んだみたいな顔して……」
的はずれな言葉に気を悪くしたのだと思って謝ろうと思ったが、男の前にある料理にちらりと視線を落とすと、顔面から突っ込んだような跡があって続ける言葉が見当たらなかった。
「よくある!顔面から突っ込むことよくあるよくある!」
ハハハッと笑いながら男の背中をバシバシ叩くと、男は微妙そうな顔をした。
一応フォローしたつもりだったが、あまりフォローにはならなかったらしい。慣れないことをするもんじゃない。
「お前こそ女一人で何やってんだ?こんなところにいたら……」
「へぶ!!」
顔を綺麗に拭った男は、言葉の途中で名無しの頭を思い切り前に倒した。
勿論名無しの目の前には名無しが頼んだ料理が置いてあり、必然的に料理に顔を突っ込んだ。
「……」
ゆっくりと頭を起こすと、スープに浸かっていた髪の毛からぽたぽたと滴が落ちる。
「火拳のエース!その首貰ったァ!」
後ろで何かを叫んでいた男が居たが、怒りでなにも聞こえなかった。
とりあえず恩を仇で返したソバカス男は一発殴る。
火拳と馬鹿
「おーまーえぇぇぇぇ!レディの頭を料理に押し込むとはどういう了見だぁぁぁぁ!!」
「俺が助けなかったらお前の頭は今頃その辺に転がってるんだぞ」
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