「……」
無言で身体の埃を払った名無しはなんとなく自分のしたことを振り返って目を伏せた。
どうしてもダルメシアンのディフェンスをくぐり抜けることが出来なかった名無しは、お決まりのトイレの換気孔から抜け出して来たのだが、それがもういけなかった。人生最大の失敗だった。
埃や蜘蛛の巣だらけだったと言うこともあったが、抜け出した先がなんと会議室の真ん前だったのだ。
真ん前で、たまたま会議室から出てきたある男と鉢合わせしてしまったからこれがもう死亡フラグ。
「……何故ここにいる」
やや強めに身体を叩いて埃を落としていた名無しは、低く抑揚のないその声にピクリと眉を歪めた。
そして恐る恐る視線を上げると、目の前に立つ不気味な男を一瞥する。
黒い出で立ちのその男は相変わらず大きな帽子を好んで被っており、背中には大きな太刀が威圧感を出しながら聳えていた。
「ひ、久しぶりだね、ミホちゃん……」
無理矢理張り付けた笑みは生きてきた中でベスト3に入るぐらい不自然だったはずだが、目の前にいたミホークにはたいして気になる要素ではなかったらしく、表情に変わりはなかった。
「もう一度だけ問う。何故貴様がここにいる?」
ゆっくりと太刀に手をかけ、威圧的な視線が上から容赦なく突き刺さる。
「これには訳があって……あの、目的の為には仕方がなかったの!別に海軍万歳ってわけじゃないし、特に功績を上げるつもりもないし」
取り繕うように早口で紡いだ言葉に、ミホークはいかにも不愉快といったような表情をして太刀から手を離した。
ミホークが言いたいことだいたいわかるし、今ここで逆らったら首が綺麗に吹っ飛ぶこと間違いなしだ。
「今はちょっと情報収集してるっていうか、資金稼いでるっていうか!」
「黙れ。貴様が喋ると不愉快だ」
「おお…う。理不尽さは相変わらずだね……」
理由を訊ねてきてみたり、不愉快呼ばわりを平然とするこの男。鷹の目だとか呼ばれていたりするこの男こそ名無しの剣術の師匠のような存在に当たる。
どちらかというと教えられたのは強靭な剣士からゴキブリのように逃げる方法だが。
「貴様こそ鼠のような薄汚い真似ばかりしているのは相変わらずだな」
この口調だが、機嫌は悪くないらしい。多分。
衝突事故
「ミホちゃんこそこんなところで何してんの?覗き?」
「貴様と一緒にするな」
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