ヒエヒエな雉



今まで逃げ出すことはあまり考えなかったが、明日所属が決まるとなると急に逃げ出したくなってきた。
逃げ出す、という表現は相応しくないかもしれない。自らの意思でクザンについてきたのだから、正確に言えば退くと言った方が正しいだろう。


しんみりとした空気の中、名無しは目の前に広がる黒い海の中にゆっくりと刀を落とした。
とぷんっといい音を立てて刀を飲み込んだ海は何事も無かったようにまたゆらゆらと夜空を映した。


「あらら。名無しちゃんまだ起きてたの?夜更かしは肌に…ああ、うん」

「……今私の顔見て手遅れだと思っただろ」

「ただ単に言葉を続けるのが面倒だっただけだよ」

「それもまた最低だなおい」

「女の子って難しいよね」


生臭いような潮の香りを顔全体に浴びていた名無しは、足元に転がった小石を海の中に蹴り入れて誤魔化すように咳払いをした。
なにを誤魔化すって勿論刀を捨てたことを、だ。


「明日が気になって眠れないとか?」

「見た目通り繊細な生き物なので」

「…え?ああ、うん」

「嘘だよ」

「よかった」

「それも嘘だけどね!」

「名無しちゃんって死ぬ覚悟ある?」

「そんなに怒ること!?」


突如切り出された言葉に、目を見開いて驚いた名無しは思わず後退った。
海軍の大将に死ぬ覚悟を問われて堂々としていられる方がおかしいのでこの行動は当たり前だ。


「いや、あー…説明が面倒くせぇなぁ」


あからさまに警戒する名無しに違うんだけどね、と肩を竦ませたクザンだったが、考えるように視線を宙にさ迷わせた後短くため息を吐いて項垂れた。


「面倒だからやっぱりいいや。今の質問忘れて」


眉を歪ませて一人頷いたクザンは、少しだけずれ落ちてきたアイマスクを引っ張り上げて曖昧に笑って見せた。
面倒だ面倒だと言ってる割にはどこそこ現れるケツの軽い大将だが、自分の範疇外のことが面倒くさいのだろう。なんとなく気持ちはわかる。


「なんかあれだよね。もじゃ男とはことごとく合わない気がするよ。空気読まないところとか髪の毛がくせ毛なところとか」

「言っとくけどこれパーマだよ。本当は超さらつやストレート」

「マジかよ!なにを血迷ってそうなった!?」

「嘘だけどね」

「………」


真顔で言ってのけるせいで冗談にのることも出来やしない。
ユーモアのない男だ。



















ヒエヒエな雉


「まぁ私も面白い分類には入らないけどさ…あんまりだよもじゃ男」

「なんで刀捨ててたの?」

「そして今更!」




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