「あらら、名無しちゃんじゃあねぇの。随分早かったね」
酸素の薄さに加え、急勾配。
そして初っぱなからテンションを上げ過ぎたせいで、頂上に着いた頃には足はガクガクするし、頭は痛いし最悪な気分だった。
そんな名無しの目の前に現れたのは神出鬼没だと名高いクザン。名無しはよく知らないが、自転車があればどこにでも現れるらしいと海軍の七不思議になっているらしい。
そんなクザンがなんとも暢気そうに頂上に突っ立っていたのだ。正確には自転車に股がっているのだが、この急勾配を自転車で登ってこれるなんて普通はあり得ないだろう。
「………」
色々と言いたいことはたくさんあるが、今は酸素が足りなくてそれどころじゃない。
汗をかいているそれが仇となって寒くなってきた。
「…なに、してんの?」
ぜいぜいと息を切らしながら軽く後ろを振り返った名無しは、肩口で口許の汗を拭いながらクザンの方を見た。
「別に何してるわけでもないんだけど。なんかこう…気の向くまま自転車漕いでたらいつの間にかここに居たんだよね」
「おい、誰かこの暇人に仕事やれよ」
「あらら、別に暇人ってわけじゃねぇんだけど」
ちりん、と自転車のベルが虚しく鳴って、さらに寒々しい空気が辺りを漂う。
暇じゃなければこんな人里離れた無人島の山に自転車で登る筈がない。仮に暇人じゃないとするなら変人だろう。
クザンなら余裕で後者も当てはまるからもうどっちでもいいかもしれない。
「名無しちゃんて本当に失礼なこと躊躇なく言うよね。いつか恨まれて刺されるんじゃねぇの?」
「色白は七難隠すって言うじゃん?」
「でも名無しちゃん色白くないよね」
「まぁ私は白くないよね、本当に残念なことに私は白くない!!」
「そうだね」
白けたような視線を向けてくるクザンに、名無しはあっさりと頷いて見せた。
力強く頷く名無しを見て、クザンは何かを言いたそうだったが、鉛でも飲み込むように言葉を飲み込んで目を背けた。
「言ってみたかっただけだよ…別に深い意味なんてないよ…飲み込まないでなにか言ってよ!このボケ潰し!!」
「あららら、俺にそんな高度なこと要求すんのはやめてね。若い子と話すだけで疲れるのに」
「自転車で山登ったやつが言うな!」
「ナイス、名無しちゃん」
思わず名無しが突っ込むと、何故かクザンに誉められて舌打ちしか出てこなかった。
頂上にて
「なんだろう、今凄くイラッとした」
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