「なんだ、こいつ…」
息絶えて倒れ込んでいる巨大な獣にヘルメッポとコビーは目を丸くして後ずさった。
「実は私にもよくわからん!なんかトカゲ採取してたらいきなり襲ってきてさ…無我夢中で切りつけて死に物狂いで逃げてたらいつの間にか死んでたっていうミラクル」
そもそも自分の何倍もあるであろう獣に喧嘩を売るほど命知らずでもない。本当に無我夢中で、気がついたらこうなっていた。
「この肉食えんのかな、コビー」
「図鑑では見たことありますけど、食べられるかどうかはちょっとわからないです」
首を傾げながらも死んでいることを確かめるように獣の身体に触れるコビーは、ある意味勇気がある。
ヘルメッポなんかはビビりすぎて最初の場所から一歩も動いていない。
「こんなでかいのが襲ってくるなんてよっぽど美味そうに見えたんだな、お前」
「多分求婚しようとしてたんだと思うよ?わたしが可愛すぎて」
「獣顔ってことか?なるほど納得した。道理で人間っぽくないと思ったんだよな」
「成長過程で不運にも顎が割れてしまったヤツに言われたくない」
「ケツ顎の方がマシ」
「獣顔の方がマシだし」
はははっと乾いた笑いを吐き出した名無しとヘルメッポはお互い顔を見合わせた後で、無言で側にあった木を殴り付けた。
「……二人とも、落ち着いて聞いて欲しいんですが」
いがみ合う二人を振り返ったコビーは、震える指先で眼鏡を押し上げる。
さっき殴ったせいか、木がさわさわと揺れてまだ新しい葉が落ちてきた。
「これ、子供です。多分親が近くに…」
振り返ったコビーの顔から血の気が引く。そして言葉を遮るように地響きのような声が森中に響き渡った。
ビリビリと鳴き声が皮膚を突き刺し、つんざくような音に3人は顔をひきつらせる。
「いるみたいです。近くにぃぃぃ!!」
「お、おいっコビー!!」
「ちょっ!!なにその逃げ足の速さ!」
最後まで言い切る前に走り出したコビーは、猛スピードで名無しとヘルメッポの隙間を走り抜けていった。
コビーの足の速さに唖然としていた名無しとヘルメッポの耳にはずしん、と重たいものが地面を踏みつけるような音が届く。
こういうパターンは何度か経験したことがあるため、振り向かずともわかる。
多分大きな鋭い目がこちらを睨み付けているのだろう。
遠くでコビーが何かを叫んでいるのが聞こえたが、きっとお経でも唱えているに違いない。死んだら絶対に恨んでやる。お経なんて効かない感じのやつになって一生付きまとってやる。
完全に固まっていた名無しが動いたのは、大きな影が頭の上に降ってきてからだった。
腰に差していた2本の刀を素早く抜いて、振り下ろされた太い前足を受け止める。
受け止めきれずに沈んだが、即死は免れた気もする。
「名無しっ」
ヘルメッポが慌てて名無しに声をかけた瞬間、辺りに白い靄のようなものが広がり、面倒そうな舌打ちがどこからか聞こえた。
視界が完全に塞がれたと同時に、ギャンッと犬の悲鳴のような声が聞こえて大きな獣の気配は居なくなっていた。
モクモクさん
「怪我はねぇだろーな。カス共」
「誰かと思ったらスモーカーじゃん!我らがモクモクさーん!流石だぜ!」
「…誰がモクモクさんだ誰が。殺すぞ」
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