扉の前で大きく深呼吸をした名無しは、一度俯いてから顔を上げて扉を睨み付けた。
いつもはなに食わぬ顔で入っていた部屋だが、今日に限ってはやたらと大きく頑丈に見える。
弱気になりそうな自分に心の中で舌打ちをして、振り切るようにドアノブを回す。
「お呼びですか、ボス」
嫌味をたっぷり込めて、これでもないくらいの笑顔で部屋に入ると、いつもと変わらない風景がそこにあった。つまりクザンが人を呼び出しておいて寝ているのだ。どこまでも神経を疑う。
普通人を呼び出しておいて寝る人間はいないだろう。神経のないと噂のレイリーでもそんなことはしない。
「寝てんじゃねぇよ!」
ツカツカと早足でクザンのところに近寄った名無しは、高そうなデスクチェアの背凭れを渾身の力を込めて思い切り蹴った。
今までの鬱憤が全てこもっているその蹴りは、クザンの背中にダイレクトに伝わったのか、ガクンと大きく身体が揺れる。
「あー……結構酷いことしてくれんじゃねェの」
腹の底から出したような低い声を出したクザンに、名無しはたいして動じることもなく不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「ご用件はなんですか、チリ毛」
「敬語使うならチリ毛は止めない?」
「やめないよ。何故なら私は敬っていないからね」
「だろうね」
後頭部をぼりぼりと掻きながら怠そうに立ち上がったクザンは、おもむろに名無しの方を振り向いてうっすらと笑みを浮かべた。
いかにもなにか企んでいますというような余裕綽々な笑みは、そこら辺の海賊よりも余程悪そうな顔をしている。
「こっち見んな」
「あららら。……随分警戒されちゃったみたいだけど」
クザンとの距離を取りつつ、目を反らしたままの名無しは、クザンからの視線に舌打ちをして壁に蹴りを入れた。苛々は収まることはなく、寧ろどんどん苛々が増していくのがよくわかる。
苛々の原因は間違いなくクザンの言動一つ一つにあると言っても過言ではない。
つまり意識してるってこと
「近付いたら孕む」
「名無しちゃんって意外とピュアなんだね」
「粉々に砕けて死んでしまえよ」
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