口に絆創膏



がやがや騒がしい周りを気にも止めずに、一心不乱に腹筋を続ける名無しに周りは奇怪な目を向けた。いつもなら訓練中は壊れたスピーカーようにひたすら喋っているタイプの名無しが、言われたメニューを滞りなくこなし、更には3セット目に突入しているのだから、周りは当然だが不審な目を向ける。

この短時間で双子の妹では?という馬鹿みたいな疑惑すら沸いたのだから、周りの動揺っぷりは尋常ではない。


いつもならどんなことでも難癖をつけて喧嘩を売るような性格をしている名無しが、今はただ黙り、前だけを見据えて腹筋を繰り返している。
長い間その場で腹筋を繰り返しているせいか、汗が床に溜まり、更にポタポタと顎から際限なく落ちていく。
いつも煩くてウザいだけの人間が黙ると、人間は意外に恐怖心を煽られるらしい。



そして当の本人はというと、未だにクザンに対する怒りにメラメラと燃えていた。
吐き出すだけ吐き出して、八つ当たりするだけ八つ当たりはして、一応燃え尽きたのだがまたまだ内心は燻っている。

その燻った怒りを気力に変えて、ひたすら訓練メニューを消化しているのだ。


「名無し、大将がお呼びだ」


インターバルを狙ったようにダルメシアンが名無しに声をかけると、凄い形相で睨み返して顔を背けた。


「無理。用があるならそっちから出向かんかいボケって伝えといて」

「その伝言は俺には無理だから直接伝えてこい」

「いやだよ。今アイツの顔見たら負け覚悟で殴りかかる自信があるもん」


ギリギリと歯軋りをしながら地面を何度も殴り付けた名無し に、ダルメシアンはお手上げだと言わんばかりに深く溜め息を吐いた。ダルメシアンから見れば、名無しは苛立っているというよりも、戸惑っているように見えた。
戸惑いすぎて考えることを放棄して、それが怒りとして発散されていると感じている。


「まるで逃げてるみたいだな」


一応名無し の上司であるダルメシアンは、けしかける方法なら知っている。


「……」


ピキッと亀裂が入るように名無しの顔に青筋が走り、鋭い視線がダルメシアンの方に再び向けられた。その視線を受け流したダルメシアンは、本部の上を顎で指してから名無しを一瞥した。


「面と向かって言ってこい。今ここにお前の仕事はない」


バッサリと切り捨てるように言い放ったダルメシアンに、 名無しは悔しそうに眉間にシワを寄せて舌打ちをした。














口に絆創膏



「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」

「顔が青いぞ」




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