つかつかと早足で戻ってきた名無しは、アイマスクをして眠り込んでいるクザンの前を通りすぎて、青チャリに跨がった。
「あららら、随分と早かったじゃねェの」
「は?」
意外そうな声を出したクザンの方を振り向くと、クザンはまだアイマスクをしたままで口だけを開けていた。言葉の意味がわからなかった名無しは、何を言うわけでもなくぽかりと口を開けたまま青チャリのベルをちりんと鳴らす。
「もう辞めてやるって啖呵切って行ったから暫くは帰ってこないと思ってたんだけどね」
「おい誰だ。そんなこと言ったやつ」
「まぁ、俺的には名無しちゃんの気が済んだならそれでいいけど」
どうでも良さそうに欠伸をしたクザンは、がっちりとハマっていたアイマスクを上に押し上げながら大きく伸びをして肢体をだらりと力なく伸ばした。
暫く死んだように動かなかったが、諦めたように起き上がり、首を落とされていたゴキッと大きく鳴らす。
「じゃあ還ろうか。偽物の首でも持って」
「なんかその、帰ってくるのが前提になっている言動がとてつもなくムカつくんだけど」
「あららら、現に帰ってきたじゃない」
ゆらゆらと上半身を揺らしながら眠そうに歩いたクザンは、面倒そうに頭を掻きながら名無しの方を振り返った。その眠そうな目は当たり前だと言わんばかりの目をしていて、少しだけイラッとした。
確かに啖呵きっといてそれを忘れてノコノコと帰ってきた自分が一番情けないしムカつくのだが、それをわかってましたと言われると、情けないやら悔しいやらで素直に自転を譲る気になれない。
「私が戻ってこなかったら一生ここで寝てたかもしれないんだから感謝しろ!」
「名無しちゃんはそんなことしないでしょ」
「何故断言するのか」
「だって名無しちゃん、俺のこと好きでしょ」
「……は?」
どいてどいて、と手で払われた名無しは、仕方なしに自転車から降りて、そして固まった。
何故固まったのかと言えば、間違いなくクザンの意味不明な分析結果のせいで、だ。
「好きでしょ、俺のこと」
もう一度念を押すようにクザンがそれを口にして、漸く名無しはそれを理解して噛み砕いた。
そして思ったのだ、死ねばいいのに、と。
それはきっと気の迷い
「いやいやいやいや!なに言ってんだ!ふざけんな!負け犬にも好みってもんぐらいあるんだぞバカめ!」
「違うの?そりゃあ残念」
「なにそれ!なにその反応!意味わかんない!」
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