シードル曰く嫌なやつは、情けなく口を開けたまま気持ち良さそうにいびきをかいていた。
読みかけていた文庫本が腹の上に乗っていて、アイマスクがずれて目にかかっている。
「こいつじゃない感じが半端ない!」
シードルは嫌なやつとやらを随分と怖がっていたが、こんな間抜けなやつを怖がるほどビビりではないだろう。
きっとシードルの思い違いだ。
「ただいま!ただいまーっ!」
気持ち良さそうに眠るクザンを起こすために、デッキチェアの足をガツガツと強く蹴る。
ガクガクと揺れるデッキチェアに、渋々目を開けたクザンは、色々と汚ない名無しを見て不思議そうな顔をした。
「あららら。随分と酷いやられ方したみたいじゃねェの」
血と汗に加え、砂が混ざった為に汚ないのレベルが人間の許容範囲を越えている感じはする。
這いずり回って逃げていたので仕方がない。多分地面に寝転んでいたら地面と区別がつかないぐらい汚れている自覚はある。
自覚はあるが、改めてクザンに言われるとムカつく。
「凄い八つ当たりだよね」
「あ、聞こえちゃった?ごめーん」
「もともと隠す気なんてないでしょ」
呆れたような口調でそう言ったクザンは、落ちてきていたアイマスクを押し上げながら地面に落ちてしまった本を拾い上げて、付いていた埃を手で払った。
「それで、報告は?」
「……手配書のヤツは死んでた。って知ってるだろ絶対」
「ノー。俺が知ってるはずがないでしょ」
どう考えてもそうは思えないような口振りなクザンをそうですかと信じるやつなんて存在しないだろう。こんなにも胡散臭いやつも珍しい。
この調子ならシードルが別人だと言うことも当然知っているだろう。
「それと……シードルは、別人だった」
別に言う必要もないと思ったが、あとからチクチク嫌みを言われるのも嫌なので、とりあえず言ってみた。が、クザンの表情を見て確信した。
「謀ったなこの天パー」
「なんのこと?」
とぼけたように目を細めたクザンだが、一瞬だけ、本当に一瞬だけしてやったり顔をしたのを名無しは見逃さなかった。その表情はよく知っている。レイリーが人を都合よく利用したときによく見せる表情そのものだった。
謀る雉
「これだから海軍はろくなもんじゃない」
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