「あらら、名無しちゃん随分干からびてるじゃあねぇの」
人が軽く死にかけていると言うのに、相変わらずな暢気な声に名無しは頭を上げる気力すらなかった。
それもそのはず死ぬまでマラソンからまだ1時間も経っていない。
ガープの手によって木陰まで移動したのはよかったが、その後干からびているのに死ぬほど吐いた。
周りも似たようなもんだ。走りすぎて吐くなんて、師匠のところにいたとき以来だ。
「どこ行くの…」
地面に倒れたまま視線だけ上げると、自転車に跨がっているクザンを見つけて絞り出すように声を出した。
今からお出かけしますと言わんばかりのクザンを見たら見過ごすわけにはいかない。
「…どこも行かねぇよ?」
「チャリに乗ってるくせにしらばっくれるとか…ある意味すごいな」
自転車に跨がって今にもお出かけしますというポーズをとっといて真っ向から否定するなんてとんでもない馬鹿か、あり得ないぐらい自信家だ。
クザンの場合はどう見ても前者だろう。
「どこ行くの。私も連れて行ってー…」
「ちょっと散歩。名無しちゃんはちゃんとガープ中将の命令に従いなよ」
クザンの足を掴もうとした名無しから逃げるように地面を蹴り出したクザンは、そのまま勢いをつけて漕ぎだした。
ぎこ、ぎこと情けない音が遠ざかっていくのを聞きながら、名無しは長くため息を吐く。
体力が残っていれば走っていって飛び乗ってやるのに、もう指一本動かせる気がしない。
「ほれお前ら、いつまで寝とるんじゃ。さっさと飯を食って午後の訓練に備えんか」
もういっそのこと目を閉じて寝てしまおうかと思ったが、ガープの声が聞こえて動かないと思っていた指がピクリと揺れた。
「ういー…っす…」
地をはうような声がその場に響いて、倒れていた仲間が微妙に動いたような気配を感じた。
それに反応して名無しも無理矢理顔を上げて腕で落ちないように支えた。
「今立ったヤツには3日間飯を奢ってやるぞ!」
なかなか立ち上がらない海兵に焦れたガープが、わざとらしく咳払いをした後にそう大きな声で告げた。
それに反応したのは勿論じり貧の名無しだけだった。
「う"、うぉぉぉぉっ!!」
振り絞る気力すらないはずなのに、じり貧である名無しには無料ほど力を与えるものはない。
ぶるぶると惨めに震える足を叱咤しながら立ち上がった名無しに、周りからは呆れたような声が上がった。普通ならやるなアイツ!みたいな声が上がるのだろうが、金で釣られた辺りが呆れたような声が上がった理由だろう。
「なんじゃ名無ししか立たんのか。わしの孫達ならすぐに立ち上がるのにのう」
「ただ飯っ!!」
じり貧女の底力
「僕ご飯食べたくないです…」
「俺も…」
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