「……」
落とし穴にでもはまるように海に落ちた名無しは、当たり前だが頭のてっぺんから足の先まで水浸しになっていた。
ムスっとしたまま自転車の後ろに踞っていた名無しからはポタポタと海水が落ちて、クザンの張った氷の上に等間隔に落ちていく。
これでもかと言わんばかりにしかめられた顔と、苛々オーラを惜しみ無く出す名無しだが、クザンはそれに構うことはない。
キコキコとなんの変わりもなく自転車を漕ぐクザンにムカつくような気もするが、腹が立っているときに話しかけられるのもムカつくので、これはこれでまだマシだ。
「女の子って面倒くさいよね」
「煽るような言い方ばっかりする海軍大将ってのも面倒だと思いますけどー」
「あららら」
残念そうな声をあげながらも相変わらずペースを崩さずに自転車をこぐクザンには、多分一生女心なんてわからないのだろう。いや、むしろわかりたくもないのだろうと思う。面倒だから。
「ムカつくから海水絞ってやろうか」
「止めてよ。二人とも海に沈むよ」
「私は泳げるから大丈夫だよ」
「俺は大丈夫じゃねェのよ。沈んだら名無しちゃんごと凍らせるからね」
「八つ当たりじゃん!」
「名無しちゃんのも八つ当たりでしょ」
「そうだよ!?私のは八つ当たりだよ!だってムカつくんだもん!」
そもそも最初から自転車に乗せてくれていれば、海に落ちることなんてなかったのだから八つ当たりしたくもなる。
込み上げてくる怒りを発散させるようにガンガンと自転車の後ろを蹴ると、後輪がグラグラと不安定に揺れた。
「俺のは八つ当たりじゃなくて報復だけどね」
「復讐は憎しみしか生まないんだよ」
「いきなり平和主義者になったね」
「私は見た目の通り平和主義者だよ!でも不思議と喧嘩売られるんだ……」
「そりゃあ……そうだろうね」
納得するように頷いたクザンは、珍しくうっすらと笑みを浮かべている。
いつもは美人の話題ぐらいしか笑わないクセに、こういう話題の時に笑うなんて殺意がわく。
こんなにピンポイントで煮えた油に水を垂らしてくるのはクザンの他にはいないだろう。
「あららら。特別な存在?」
「ちっげーよ!」
遠足の終わりをお知らせします
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