爽やかな青空と、果てしなく続く海。そして海の上を走る自転車。
更にその後ろを走る名無し。
「待て待て待て!おかしいだろ!私も自転車に乗せろや!」
刀の柄を押さえ柄走る名無しは、暢気に前を走る自転車を必死で追いかける。
というのも、足元に張った氷が安定しているのはクザンの下だけなのだ。
クザンから離れれば離れるほど氷は薄く、脆くなっていく。
つまり、走っている名無しは、必然とクザンの早くも遅くもないペースに合わせなくてはいけない。
「乗せたら重いからね」
「本人を目の前にして言うな」
「名無しちゃんが特別重いってわけじゃねェのよ?犬ぐらいまでなら乗せてもいいんだけど」
はぁ、とわざとらしくため息を吐いたクザンは青い空に響かせるようにベルを鳴らした。
高く澄んだベルの音は、静かな海の上に響く。
だが、一生懸命海の上を走っている名無しにとってはただの不愉快な音でしかない。寧ろ、馬鹿にされているような気分にすらなる。
怒りに任せて突っ走りたいが、クザンを抜いてしまうと海に落ちるし、かといって歩いても海に落ちてしまう。
一見平穏な海に見えるが、それは表面でしかなく、海の中には海王類がうじゃうじゃと犇めいている。落ちたら一巻の終わりだ。
自分のペースで走れないことの苛々と、疲れからくる苛々に、名無しはガチャガチャと大袈裟に刀を鳴らしながらドスドスと走る。
踏み締めるような力強い足音の他に、氷にひびが入るような音が響いたが、そこまで気にできるほど気は長くない。
「もーやだー!走りたくないよー!やだやだー!」
暫くの間気合いで走っていた名無しだったが、あまりにも苛々し過ぎてとうとう足を止めた。
小さい子供ような駄々のこねかただが、実際は20キロ近く走っているので、わりと切実な訴えだ。
「あららら」
「自転車に乗せろ、下さい」
細い氷の上で立ち往生する名無しに、クザンは一度自転車を止めて振り返った。
ムスっと顔をしかめて腕組みをする名無しに、面倒そうに頭を掻く。
「名無しちゃん」
「説得しても無駄だ!私はもう走ら……あばっ!!」
クザンの言葉に抗おうとした名無しの足元の氷は割れ、そのまま海に落ちた。
イライラ☆ゾーン
「落ちるよって言おうと思ったんだけど」
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