100歩譲って



記憶力は正直全く自信がない。
他人が100覚えられるとしたら、自分は3覚えられるか覚えられないかだ。全く興味がないことは3覚えることも難しい。


「さて、ここは何処だ」



今まで野性的に生きてきたからか、迷子になったことはない。方向音痴だとも思わない。
ただ、ここ海軍本部はちょっと異質なんだと思う。

各階に特別特徴はなく、敵襲に備えてなのか作りが少し複雑になっている。
まだ来て日が浅い名無しは結構な割合で迷子になる。


「3階か」


窓の外を覗き込んで呟いた名無しは、向かいから歩いてくる男を見て、数回わざとらしく瞬きをした。


「あれ!?スモーカーじゃん!」

「げっ!!てめぇなんでここに…」


相変わらずスモーカーは葉巻が手放せないらしく、口には2本くわえられている。
名無しの存在に驚いたのか、くわえられていた葉巻からぽろりと灰が落ちた。


「総務っぽいところ探してんだけどさ、これが見つかんないわけよ。どこか知らない?」

「てめぇ上司に対するその言葉遣いどうにかなんねぇのか」

「総務探していらっしゃるですのですがお見つけになれないので、どこか知らねぇですかい?」

「それがてめぇの使える敬語だとしたら、もう死ね」

「人の一生懸命さがわからないお前こそ死ね」


嫌悪するように顔を歪めたスモーカーが舌打ちつきで反論すると、十手で思い切り殴られかかった。
もちろん避けたが、殺意は感じなかったので避けられるように殴ったらしい。顔に似合わず意外と優しいらしい。

これが師匠だったら間違いなく後頭部に極って、一日床に転がっていたことだろう。


「別に優しくねぇよ。今のだってわりと当てる気でいった」

「このツンデレ!恥ずかしがんなよ!優しいってことは恥じゃないんだよ!」

「うぜぇ…」


眉間にシワを寄せたスモーカーは、十手を握る手に力を入れたのか手袋がぎゅっと鳴いた。


「総務見つかんないとマジ困っちゃうなーっ」

「ちらちらこっち見んな」

「あーあっ、困っちゃうなぁ」

「……」


ちらちらとスモーカーの方に視線を送り、わざとらしく唇を尖らせた名無しに、盛大な舌打ちが返ってきた。
実際自分も同じことをされたら舌打ちどころか殴る気がするから気持ちはよくわかる。
気持ちはわかるが、目の前でやられると心が折れそうになる。


「じゃあ気持ち悪いことすんじゃねぇよ」

「心の声を聞くんじゃないよ。デリカシーがないやつだな」

「聞かれたくなきゃその口閉じてろ。人間スピーカーが」

「よしわかった」


スモーカーの言葉に大袈裟に肩を竦ませた名無しは、不穏な空気を打ち払うように手を叩いて、持っていた書類をスモーカーに押し付けた。


「このやり取りいい加減面倒だから、スモーカーがこの書類持っていって!」

「死ねよ!」



















100歩譲って


「たしぎ、この書類提出しとけ」

「…これって名無しさんの」

「混ざってたんだ」




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