ゆっくりと深呼吸を繰り返した名無しは、未だに何かを語り続けるレイリーとクザンを放ったまま、紙にガリガリともうスピードで書き始めた。
レイリーとクザンの話は本当にどうでもいいことだ。
名無しが自分の部下だと言い張るクザンと、自分の知り合いだと主張するレイリーが静かに酒を飲みながら火花を散らしているその姿は馬鹿馬鹿しいとしかいいようがない。
本当はそんなことどうでもいいのだが、なんかお互い気に入らないから引くに引けない状態になってしまった感じだ。
いい歳してしょうもない。
「男っていくつになっても子供なのよね」
「そんなもん?」
「そうよ。そこが魅力的なんじゃないの」
ふふふ、と笑いながら紫煙を吐き出したシャクヤクは、名無しの好きな梅酒の炭酸割りをコースターの上に置いた。
グラスに入った飾りの梅にはあぶくがびっしりとくっついていて、乾いた喉が大きく上下する。
「いただきまーす!」
「名無しちゃんだって理性の塊みたいな男は嫌でしょ?なんの面白味もないもの」
「ああ、うん。そうか…そんなもんか」
ごくごくと大袈裟に喉を鳴らしながら梅酒を飲んだ名無しは、わりとどうでも良さそうに頷く。
その様子を見たシャクヤクは、全てを悟ったように小さく頷いて楽しそうに笑ってみせた。
「相変わらず名無しちゃんは恋愛に疎いのねぇ。レイさんが心配するのもわかるわ」
なにかがシャクヤクのツボに入ったのか、けたけたと大きく口を開けて笑いながら新しい煙草に火を点けた。
ヘヴィスモーカーであるシャクヤクからは煙草は切り離せないのか、灰皿は既に灰殻たちが犇めきあっている。
「疎いと言うかそもそも恋愛できる顔面レベルじゃないっていうか」
「……」
微妙な話題に自虐ネタで返したところ、シャクヤクは数回瞬きをしたあとにこりとだけ笑って見せた。
シャクヤクはお世辞は言わない。だからこその無言の笑顔なんだろう。
「涙腺が崩壊するかもしれん」
「女は愛嬌よ、名無しちゃん」
「つまり可能性はゼロということですね、わかります」
おなごトーク
「ゼロじゃないわよ。限りなくゼロに近いだけで」
「シャクヤクさんは素直だから好き」
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