「シャクヤクさーん!久しぶり!」
バーンッと勢いよく扉を開けた名無しは、真っ先に目に飛び込んできた海賊の山から目を反らして、シャクヤクに手を振った。
若干店は血で汚れている気はするが、ぼったくりバーなのでそれは致し方ない。インペルダウンが爽やかな草原の香りがするはずもないことと同じ、まさに自然の摂理だ。
「あら、名無しちゃんじゃない。そろそろ来る頃だと思ってたのよ」
煙草をくわえながら札束を数えていたシャクヤクは、名無しの方を見てにっこりと笑って見せる。
シャクヤクの表情だけ見れば、なんの違和感もない普通のバーだ。
そう、客に海軍大将が混じってはいるが、普通のバーだ。
「あららら。名無しちゃん、随分遅かったじゃあねェの」
「……」
「名無しちゃんはファンが多いから真っ直ぐ歩けないのよ。ね?」
「……あ、はい」
やっと一難去ったと思ったらまた一難。
七武海、四皇の山を越えて見えてきたのが海軍大将だなんて笑えもしない。
ついこの間まで探していた相手だったが、ドフラミンゴとの約束がある今は一番会いたくなかった人物とも言える。
「久しぶりの再会なのに無視は流石にツレないんじゃあないの、名無しちゃん」
意図的に無視したことをチクチクと刺すように呟いたクザンは、丸い大きな氷をグラスの中で転がした。
クザンの動きに合わせてグラスの中の氷がカランカラン、と涼しげな音を立てる。
「ドチラ様デシタッケ?」
「あらら。そうくる?」
色々と言い訳を考えたが、うまくいきそうな言い訳を全く思い付くことができずに咄嗟に知らないフリをした。
我ながらナイスだったと思う。アイディア的には。
ただ、使う相手を間違えた感じは否めない。これがクザンではなくエース級の馬鹿だったらねじ込めばいけた。
「タイミングが最高に悪い」
「ばっさり言うね。これでも一応心配してたんだよ?」
「おっと本音がぽろりしてしまった」
「まぁ、通常運転みたいでよかった」
「10点」
「あららら」
「今のところは『名無しちゃんはポロリするほど乳がないじゃない』って言うところだよチリ毛」
相変わらず打っても響かないクザンだったが、なんとなく心地よく感じてしまったのは死んでも教えてやらない。
ぼったくりバーへようこそ!
「言っとくけど、俺の髪はセットだよ」
「嘘だろどうせ」
「本当に」
「嘘だっ!!」
「嘘だけどね」
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