「はい!どーぞ☆」
「……」
包丁の刃を向けて爽やかに笑う名無しに、サッチは真顔でビンタをかました。
名無しの左頬が潰れて、べちんっ、といい音が響く。
「人に刃を向けんな」
「いきなりビンタすんなよ!話せばわかるかもしんねぇだろ!このおたんこなす!」
「俺はもう何年も前から言ってるだろ」
「いちいち覚えてませーん!」
「だからビンタで思い出させてやったろ」
刃の背を器用に掴んだサッチは名無しの手から包丁を上に引っ張り出した。
名無しな手から離れていった包丁は空中をくるくると回る。
それを特に見ることもなく掴み取ったサッチには、刃を向けたからといってたいして支障なんてないだろう。この理不尽さはどこに向ければいいかわからない。
「おー…さすが本職。すげー」
研がれた刃を確認するように親指で撫でたサッチは新品同様になった包丁を見てニヤニヤしている。
ダラダラしていたところを見つかった名無しはほぼ無理矢理研ぎ仕事をさせられたわけだが、その量たるやボランティアの領域を完全にオーバーするほどだった。
ほぼ徹夜で研ぎ続けて、漸く最後の一本を研ぎ終わったのだ。それなのにビンタ。ビンタ。
「二回も言うな」
「大事なことなので二回言いました」
「金払ってもいいけど、そのかわりお前も今まで食った分の食事代全部払えよ」
「……」
「今まで食った分の食事代払えよ。大切なことだから二回言った」
サッチの言葉に頭の中を走馬灯のように過去に食べたものが通りすぎていって、軽く白目をむきそうになった。
「で?いくらだって?」
「……私がサッチからお金取るわけないじゃーん!類友だもん類友!」
やだー!とひらひらと手を振りながら誤魔化すと、サッチは呆れたように短く息を吐いた。
「つか勝手に類友にすんな」
「巨乳、露出高め、艶髪、強気な目」
いやだいやだと言わんばかりのサッチに思いつく理想の女性の外見を口にする。
するとさっきまでごみでも見るような顔をしていたサッチの目付きが変わった。
「……同志よ!」
「これからも一つ美味しい料理をお願いします!」
「任せろ」
お久しぶりのご挨拶
「やっぱ女帝ですか兄さん」
「やっぱ女帝だよな」
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