「あー…あー…ただいま発声練習中」
目が覚めたら酔い潰れて寝ているクルー同様、甲板に転がっていた。
脇腹や腕を触り骨が折れていないか一応確認する。
それから酒で焼けているであろう喉の調子を確かめるために小さく口を開いた。
「なんだったかな、なんか忘れてる気がする」
痛む身体とは裏腹に、頭の中は随分とすっきりした。
ストレスなんてお付き合いすることはないと思っていたが、どこかの仕事をしない大将のおかげで人生初のストレスというものを感じていたらしい。
「ストレスを感じてまで海軍にいる理由はなんだ」
「……」
海の向こうでまた仕事をサボっている大将を思いだし、遠い目をしていた名無しだったが、低い声に現実に連れ戻される。
静かな怒りを孕んだようなその声にごくりと唾を飲み込んでからゆっくりと振り返った。
「そうだった!すっかり忘れてたよ!」
「だろうな」
振り返った先には煙管をくわえたイゾウが腰かけていて、流すように目を伏せて名無しを見た。
鋭いような艶のあるイゾウの目は、どんな嘘でも見抜いてしまうような気がする。
色々と考えてみたところで上手く説明出来る自信はない。だからと言ってイゾウを誤魔化せるほど嘘も上手くない。
「支えたいやつがいんの」
「ストレスの原因をか?」
「違う」
言葉を切り、軽く深呼吸をするとずきりと脇腹が痛んだ。
「私の同期。海軍大将になるんだって」
気弱そうに笑うコビーが頭に浮かんで、思わず笑いそうになる。
気が弱くてへなちょこなクセに、夢は海軍大将。
人望があり、感性も海兵の中ではまともで努力家であるコビーはきっと夢を叶える。
真面目だけれど、たまに無茶をすることがあり、正直あまり出世に直結させるようなタイプではない。
「凄いやつなんだよね」
「そうか」
紫煙と共に吐き出された言葉は、思っていたよりも普通で怒りを感じとることはできないような穏やかな声だった。
「怒ってる、よね?」
「……いや」
いまいちはっきりしないイゾウの機微を読み取ろうと顔を覗き込むと、ふー、と紫煙を吹き掛けられた。
「ちゃんと目的があるなら好きにしたらいい」
頭を乱暴に撫でられて、ぐしゃぐしゃだった髪の毛が更にぐしゃぐしゃになった。
同期が動機
「お前のことだからメシで釣られて海軍に入ったのかと邪推した」
「……ぎくっ」
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